蛍光グリーンにひかる

ゆれ

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「麗一には何て言われたの」
「……俺にはパートナーを持つのはまだ早いって。自分とは合わないって」
「きっと煮え切らない君のために、無理やりそれらしい理由を用意したんだろうな」
「波知乃さんは麗一のパートナーになったことないんですか?」

 ずいぶんはっきり言うんだなと唇をゆがめる。さりげなく矛先を逸らし、前から気になっていたことを尋ねてみた。
 付き合いも長いようだし、SwitchとSubならそれも可能だ。こんなに理解があるなら或いは、と思ったが、しっかり首を振られる。

「僕はSwitch相手じゃ物足りなくて。……待ち人の子も、それはもうめちゃくちゃなDomだったよ。ボロボロにされてね、麗一に何回も会うのを止められた」

 聞いていると悲愴な話なのに、語る波知乃の表情からはとてもそんな感じは受けなかった。麗一がSubとしてもDomとしても優しく振る舞っていたのは、この友人の影響なのだろうか。

 空護も甚振るのには然程興味がわかないのだが、プレイの項目にはそういうものもあることくらいは識っていた。縛ったり叩いたり、首を絞めたり。カラーをするという行為だってすこし連想させる部分はあるだろう。

「――すいません、仕事だったんでまだ眠くて。今日はこれでいいですか」

 逆転生活なのでいつもなら昼前は余裕で布団に入っている。考えがまとまらなくなってきていた。ただでさえ振られてからは寝つきが悪く、悪夢もたびたび見る。精神状態がもろに反映されているのだ。疲れが取れない睡眠ではあるけれど、削ると運転に支障をきたす。

「夜型の仕事は大変だね。麗一は君を養いたいみたいだったけど、」
「そんなの、無理に決まってんだろ!」

 対等でいられなくなってしまうからとこだわっていること自体が、麗一や波知乃といかに価値観が違うかを教えていて惨めだった。

 親がなく学がなく、歓楽街で育って、風俗ドライバーの仕事をして、そんな自分を空護自身が恥じている。誰に何を言われたわけでもないのにだ。俺がパートナーになったんじゃ相手に恥をかかせる。そういう思いが根底にあり、きっとこの先ずっと、誰とも、深い仲になれないまま一生を終える気がしていた。

「……すいません。でも、もういいんです」
「待って、傷つけたお詫びに良いこと教えるから」

 席を立とうとした空護を波知乃が引き止める。ずるい言葉を使うんだなと苦笑した。かぶりを振って歩きだす。自動ドアをくぐる背中を店員の機械的な挨拶と、もうひとつの足音が追ってくる。

「空護くん、ねえ、Switchの人間は、本来なら発作なんて無縁のはずなんだよ」
「!」

 そう言われて思い当たる。たしかに、弟の天満も起こしたことがないし、そうならないうちにうまいこと切り換えられると話していた。カラーをしてさえ絶対じゃないと。

 個人差は勿論あるだろう。しかしそれでも、麗一がSubでいたがっていたことは知っている。それには証しが必要で、つまりまだ贈っていない今はSwitchのままのはずだった。

 けれど麗一は、空護を求めてひどい鬱状態に陥っていた。

「もう君のSubになってるんじゃないかな」
「……でも」

 諦められてしまったのだ。空護も、自分よりもっといい相手が麗一にはいると思った。それは変わらない。
 空護がディフェンス過剰防衛反応したことを麗一は喜んでいたけれど、それはDomの本能で、恋心と結びつくのかただの反射か判別がつかない。不能でなくなったことも、ただ身体が慣れただけかもしれない。

 わからない。白黒はっきりしないものは判断材料として適さないということだ。世の恋人達がどのようにしてその確信を持っているのかも、恋人達の数ほど答えがあって、結局指標にはならないのだろう。

 最後は自分でそうと決めるしかないのだろう。

「とりあえず空護くんが現状に満足してるようには見えないし、もう一度話す機会をつくってみたらどうかな。本当に他の誰かの手に渡ってもいいのか、自分の胸にきいてみるといい」
「――……」
「今日はごめんね。じゃあ、また」

 颯爽と街にとけていく波知乃から意識を剥がし、空護は帰路につく。食べる物でもついでに買って帰ろうかと思ったが、具体的に候補が浮かばない。着信に起こされたとき既に天満は家を出ていた。ひとりなら適当にあり合わせで作ろう。気ままに予定を書き換えてスーパーの前を通り過ぎる。

 流れるようにスマートフォンをポケットから抜く。一応周辺に気を配ってぶつからないよう画面を見たが通知は何もなかった。友人達も夜型が多いため、昼の時間帯は殆どこうだ。ふわあとあくびをして、ポケットに戻す。

「…………」

 児童公園にさしかかり、作り物のスズメのくっついた出入り口のガードパイプに腰掛ける。またスマホを手にしている。そこへ女児を連れてやってきた若い母親が長身の空護に一瞬怯えたが、立ち上がってどうぞと道を譲ると慌てて頭を下げた。子どももバイバイと手を振ってくれる。
 
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