蛍光グリーンにひかる

ゆれ

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「どうしても相性ってあるしね。俺も実はこれでいいのかわからなくなってたんだ。だから今度Switchの子とでも試してみるよ。同性のほうがいろいろラクかもしれない」
「…………本当に?」
「うん、今までありがとう。食べたら送っていくよ」

 あんなにも濃密な時間が夢だったかのように、穏やかにほほ笑む麗一は遠くて、赤の他人のように感じられた。ようではなく事実所有権が消滅したのかもしれない。こんなときまで、カラーが無いから、何もわからなかった。

 いつか終わると思っていたのに、実際に終わるとこんなにも現実を受け入れられない。あたまがわるいな、と空護は唇だけで呟いた。





 * * *





「ちょっとお久し振りです」

 季節が進み、だいぶ厚着の似合う気候になった。

 当日はまだひと月以上先だというのに赤と緑の飾りつけを街のあちこちで目にする。熱心な信者でもないくせに、無宗教のこの国はやけにこの日を重視する。恋人達の一大イベントなる認識は盛大な誤りだ。
 そうは言っても空護の仕事もその夜は何故か繁忙期なので、毎年キャスト達はお定まりの仮装をさせられ、ドライバーまで例の赤い服を着せられた。役割的にはトナカイのほうだと思うのだけれど。

 向かいに座る波知乃は相変わらず浮世離れして、生活感というものがまるで無い。豪邸という言葉も上滑りするほどだだっ広いと聞く自宅は家政婦のひとりも入れてないそうなので、間違いなく家事をこなしているはずなのだが。コーヒーだけは庶民味が合わないようで、カフェに来ても大抵それ以外の飲み物を頼むらしい。

「空護くん、なんかすこし痩せた?」
「そうですかね」

 自分ではわからないが最近よく言われる。相変わらずラーメンや牛丼のご相伴は続けているし、体調も悪くない。仕事も前とおなじ。

 十日休んで配車係に連絡すると「まだやる気あったの?」と呆れられた。詳しい事情は話さずじまいだったので気持ちはわからなくもないが、日雇いなのにそんな扱いを受けるとは思わず、端的にいえば頭にきて「わかりました同業他社に行きます」と応えてしまい、慌てて向こうから折れてきたという経緯がある。

 他に変わった事などひとつしかなかった。波知乃はそれについて聞きたくて、わざわざ空護を誘ったのだろう。空護のほうは正直もう顔を合わせる機会はないものと思っていた。連絡先を消したりはしないが使いもしない。間にひとり挟んでの付き合いなどそんなものだ。

「何のご用ですか」
「いや、何か僕に話したいことでもあるかと思って」
「……別に、ないですけど」

 たしかに他に誰も知る者のいない関係だった。だからひっそり断ち切れると信じていたが、波知乃にそのつもりはないらしい。

 整えるのが億劫で後ろで雑にまとめてきた髪はパーマがとれかけていて、寝ぐせなのか微妙なラインだった。そろそろ毛先が肩につく。窓に映るのを見て、ひどい格好なのに我ながら引いた。

「ちゃんとプレイはできてたんだろ? 何が不満だったの」
「言いたくないです」

 まるで不満自体はあるような言い種だけれど、よくわからないとか、本人しか聞く権利はないとか、全部ひっくるめての答えだ。目の前で冷めそうになっていたホワイトラテをくちに含む。空護は庶民なので普通に美味しい。

 DomでもSubでもSwitchでも、誰か他の素晴らしい相手と今頃うまくやっているだろう。俺じゃ駄目だと判断したくせに、いざ捨てられると取り乱し、食い下がろうとした自分にそう言い聞かせ、力尽くで円満に終わらせた。誰にも迷惑はかけてない。だから放っておいてほしかった。

 あんなにきもちよかったプレイもさぞ忘れられないかと思ったが、もうできないものはできないのだ。失ったものを数えても仕方ない。同年代の中でも諦めるものが圧倒的に多かった空護には、慣れっこの儀式だった。

 もっと何か深堀りされるのかと身構えていたが、頬杖をして通りを眺める空護を波知乃はぼうっと見守るだけだった。咎めるでもない、慰めるでもない。意図がわからず視線を向けるとやや顔をこわばらせる。

「あの、何なんですかこの時間」
「――いや、ごめん。君が魅力的なのはよくわかったよ」
「は?」

 煙に巻こうとしているのかと睨めつけると、富裕層は一旦眸をうつむけて、そっと目を合わせてくる。御蔭でピンときた。

「波知乃さん、もしかしてSub?」
「その通り」
 だから様子が変わったのだと遅まきに理解した。

 麗一に振られてからこっち、空護はダイナミクスの管理がうまくいってないらしく、無差別に威圧してしまうようなのだ。幸いそこからプレイに至るまでの事態にはなってないが、特定の誰かに向けると事故が起こる。まだ目覚めたての頃、発散する方法を知らずにひとり荒れていた苦い経験が思い出されて、今度こそはそんなヘマはすまいと心に決めている。

 意識するとましになるのか波知乃がいつもの飄然とした彼に戻ってきた気がした。これまでSubのナンパは当たり屋だとばかり見做していたが、ひょっとすると空護のほうだったのかもしれない。
 
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