16 / 20
16
しおりを挟む「どうしても相性ってあるしね。俺も実はこれでいいのかわからなくなってたんだ。だから今度Switchの子とでも試してみるよ。同性のほうがいろいろラクかもしれない」
「…………本当に?」
「うん、今までありがとう。食べたら送っていくよ」
あんなにも濃密な時間が夢だったかのように、穏やかにほほ笑む麗一は遠くて、赤の他人のように感じられた。ようではなく事実所有権が消滅したのかもしれない。こんなときまで、カラーが無いから、何もわからなかった。
いつか終わると思っていたのに、実際に終わるとこんなにも現実を受け入れられない。あたまがわるいな、と空護は唇だけで呟いた。
* * *
「ちょっとお久し振りです」
季節が進み、だいぶ厚着の似合う気候になった。
当日はまだひと月以上先だというのに赤と緑の飾りつけを街のあちこちで目にする。熱心な信者でもないくせに、無宗教のこの国はやけにこの日を重視する。恋人達の一大イベントなる認識は盛大な誤りだ。
そうは言っても空護の仕事もその夜は何故か繁忙期なので、毎年キャスト達はお定まりの仮装をさせられ、ドライバーまで例の赤い服を着せられた。役割的にはトナカイのほうだと思うのだけれど。
向かいに座る波知乃は相変わらず浮世離れして、生活感というものがまるで無い。豪邸という言葉も上滑りするほどだだっ広いと聞く自宅は家政婦のひとりも入れてないそうなので、間違いなく家事をこなしているはずなのだが。コーヒーだけは庶民味が合わないようで、カフェに来ても大抵それ以外の飲み物を頼むらしい。
「空護くん、なんかすこし痩せた?」
「そうですかね」
自分ではわからないが最近よく言われる。相変わらずラーメンや牛丼のご相伴は続けているし、体調も悪くない。仕事も前とおなじ。
十日休んで配車係に連絡すると「まだやる気あったの?」と呆れられた。詳しい事情は話さずじまいだったので気持ちはわからなくもないが、日雇いなのにそんな扱いを受けるとは思わず、端的にいえば頭にきて「わかりました同業他社に行きます」と応えてしまい、慌てて向こうから折れてきたという経緯がある。
他に変わった事などひとつしかなかった。波知乃はそれについて聞きたくて、わざわざ空護を誘ったのだろう。空護のほうは正直もう顔を合わせる機会はないものと思っていた。連絡先を消したりはしないが使いもしない。間にひとり挟んでの付き合いなどそんなものだ。
「何のご用ですか」
「いや、何か僕に話したいことでもあるかと思って」
「……別に、ないですけど」
たしかに他に誰も知る者のいない関係だった。だからひっそり断ち切れると信じていたが、波知乃にそのつもりはないらしい。
整えるのが億劫で後ろで雑にまとめてきた髪はパーマがとれかけていて、寝ぐせなのか微妙なラインだった。そろそろ毛先が肩につく。窓に映るのを見て、ひどい格好なのに我ながら引いた。
「ちゃんとプレイはできてたんだろ? 何が不満だったの」
「言いたくないです」
まるで不満自体はあるような言い種だけれど、よくわからないとか、本人しか聞く権利はないとか、全部ひっくるめての答えだ。目の前で冷めそうになっていたホワイトラテをくちに含む。空護は庶民なので普通に美味しい。
DomでもSubでもSwitchでも、誰か他の素晴らしい相手と今頃うまくやっているだろう。俺じゃ駄目だと判断したくせに、いざ捨てられると取り乱し、食い下がろうとした自分にそう言い聞かせ、力尽くで円満に終わらせた。誰にも迷惑はかけてない。だから放っておいてほしかった。
あんなにきもちよかったプレイもさぞ忘れられないかと思ったが、もうできないものはできないのだ。失ったものを数えても仕方ない。同年代の中でも諦めるものが圧倒的に多かった空護には、慣れっこの儀式だった。
もっと何か深堀りされるのかと身構えていたが、頬杖をして通りを眺める空護を波知乃はぼうっと見守るだけだった。咎めるでもない、慰めるでもない。意図がわからず視線を向けるとやや顔をこわばらせる。
「あの、何なんですかこの時間」
「――いや、ごめん。君が魅力的なのはよくわかったよ」
「は?」
煙に巻こうとしているのかと睨めつけると、富裕層は一旦眸をうつむけて、そっと目を合わせてくる。御蔭でピンときた。
「波知乃さん、もしかしてSub?」
「その通り」
だから様子が変わったのだと遅まきに理解した。
麗一に振られてからこっち、空護はダイナミクスの管理がうまくいってないらしく、無差別に威圧してしまうようなのだ。幸いそこからプレイに至るまでの事態にはなってないが、特定の誰かに向けると事故が起こる。まだ目覚めたての頃、発散する方法を知らずにひとり荒れていた苦い経験が思い出されて、今度こそはそんなヘマはすまいと心に決めている。
意識するとましになるのか波知乃がいつもの飄然とした彼に戻ってきた気がした。これまでSubのナンパは当たり屋だとばかり見做していたが、ひょっとすると空護のほうだったのかもしれない。
0
お気に入りに追加
26
あなたにおすすめの小説
年上の恋人は優しい上司
木野葉ゆる
BL
小さな賃貸専門の不動産屋さんに勤める俺の恋人は、年上で優しい上司。
仕事のこととか、日常のこととか、デートのこととか、日記代わりに綴るSS連作。
基本は受け視点(一人称)です。
一日一花BL企画 参加作品も含まれています。
表紙は松下リサ様(@risa_m1012)に描いて頂きました!!ありがとうございます!!!!
完結済みにいたしました。
6月13日、同人誌を発売しました。
おだやかDomは一途なSubの腕の中
phyr
BL
リユネルヴェニア王国北の砦で働く魔術師レーネは、ぽやぽやした性格で魔術以外は今ひとつ頼りない。世話をするよりもされるほうが得意なのだが、ある日所属する小隊に新人が配属され、そのうち一人を受け持つことになった。
担当することになった新人騎士ティノールトは、書類上のダイナミクスはNormalだがどうやらSubらしい。Domに頼れず倒れかけたティノールトのためのPlay をきっかけに、レーネも徐々にDomとしての性質を目覚めさせ、二人は惹かれ合っていく。
しかしティノールトの異動によって離れ離れになってしまい、またぼんやりと日々を過ごしていたレーネのもとに、一通の書類が届く。
『貴殿を、西方将軍補佐官に任命する』
------------------------
※10/5-10/27, 11/1-11/23の間、毎日更新です。
※この作品はDom/Subユニバースの設定に基づいて創作しています。一部独自の解釈、設定があります。
表紙は祭崎飯代様に描いていただきました。ありがとうございました。
第11回BL小説大賞にエントリーしております。
平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです
おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの)
BDSM要素はほぼ無し。
甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。
順次スケベパートも追加していきます
いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜
きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員
Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。
そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。
初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。
甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。
第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。
※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり)
※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り
初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。
相性最高な最悪の男 ~ラブホで会った大嫌いな同僚に執着されて逃げられない~
柊 千鶴
BL
【執着攻め×強気受け】
人付き合いを好まず、常に周囲と一定の距離を置いてきた篠崎には、唯一激しく口論を交わす男がいた。
その仲の悪さから「天敵」と称される同期の男だ。
完璧人間と名高い男とは性格も意見も合わず、顔を合わせればいがみ合う日々を送っていた。
ところがある日。
篠崎が人肌恋しさを慰めるため、出会い系サイトで男を見繕いホテルに向かうと、部屋の中では件の「天敵」月島亮介が待っていた。
「ど、どうしてお前がここにいる⁉」「それはこちらの台詞だ…!」
一夜の過ちとして終わるかと思われた関係は、徐々にふたりの間に変化をもたらし、月島の秘められた執着心が明らかになっていく。
いつも嫌味を言い合っているライバルとマッチングしてしまい、一晩だけの関係で終わるには惜しいほど身体の相性は良く、抜け出せないまま囲われ執着され溺愛されていく話。小説家になろうに投稿した小説の改訂版です。
合わせて漫画もよろしくお願いします。(https://www.alphapolis.co.jp/manga/763604729/304424900)
朝日に捧ぐセレナーデ 〜天使なSubの育て方〜
沈丁花
BL
“拝啓 東弥
この手紙を東弥が見ているということは、僕はもうこの世にいないんだね。
突然の連絡を許してください。どうしても東弥にしか頼めないことがあって、こうして手紙にしました。…”
兄から届いた一通の手紙は、東弥をある青年と出会わせた。
互いに一緒にいたいと願うからこそすれ違った、甘く焦ったい恋物語。
※強く握って、離さないでの続編になります。東弥が主人公です。
※DomSubユニバース作品です
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる