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しおりを挟む今になって知りたい衝動が嵐のように心に吹き荒れる。どうだって良い、藪を突くなともうひとりの自分が宥める。知ってどうなる。悲しみが増すだけだろう。
たった今まで幸せで仕様が無かったのに、油断すると涙がこぼれそうなほど胸が痛かった。麗一が何か言いかけたが、敢えてかぶせるように声をかける。
「もうすっかり怪我はいいみたいだな」
「ああ、うん」
念のために波知乃が医者もここへ呼んでくれて、初日に診察してもらっていた。骨折などの深刻なものは無く、麗一が気分転換にジム通いする意識の高い社長でよかった。ヒョロいもやし男だったらボキボキになっていたかもしれない。
「GPSがあってよかっただろ」
「マジ神」
そこを否定する気はない。今回は本当に役に立った。だがカラーとなると、腰が重くなる。
気を回した家主が自分のところに来る外商が持ってきたというカタログを数冊ここに置いていて、見ろというそこはかとない意図を感じて、麗一が席を外している間にすこしめくってはみた。パートナーを持つ年齢層はいろいろなのでカラーもピンからキリまである。特別な革製のもの、宝石を埋め込まれたものから頑丈でも軽量な金属製、多機能なハイテク型、思っていたよりずっと選択肢は多い。
ファッション性の高いものもあれば逆に目立ちにくいデザインのものもあった。それを見て、空護は前向きになりかけていた気持ちが萎れていくのを感じたのだ。
「……こないだドタキャンした日さ、あなたのSubだったって女の人が会いにきたんだ」
自分達はゆきずりの仲じゃない。麗一は空護に所有権を渡している。他のDomには従わないし、カラーをすれば周知できる。粉をかけられる心配もなくなる。
でもそれは同時に秘密の暴露も含んでいる。今、何もつけていない人が、突然カラーをつけだす。Subだったと判明する。しかもパートナーは同性。どこにも何の影響もないと言い切れるのだろうか?
宗我部の名前も出してみたけれど、不安を煽るような反応は一切無く、麗一は落ち着き払っている。
「そんなことだろうと思った」
「え、マジで?」
「あの日の空護すごい変だったし」
「うん……なんかね、恋してないなら譲るべきかなって迷ったんだよ」
それに麗一も生来ダイナミクスが強いのか、抑圧が強いのか、このたびの騒動でわりと計画的にプレイしなければならない身だとわかった。果たして空護がそこまで彼をカバーできるのか、なにげに自信を失いかけている。
もっと成熟したDomのほうが、麗一を安心させてあげられるのではないだろうか。
「俺けっこうポンコツだったみたいで申し訳ない」
「今回は俺も悪かったんだよ。忙しくて諦めてたし、今度からちゃんと連絡する」
「いやホントは今までもやばかったとか、ない? 実は」
「……」
そこで黙られると頭を抱える。考えてみれば人生においてずっと不器用で、Domとしてだけ急に行き届くわけがないのだ。ああこれは駄目なやつ。いよいよ相応しくない感が勢いを増してくる。
「大丈夫。とにかく空護が放置しなければ済む問題だから」
「そっ……んなこと言われても、俺にも仕事と家庭がさ……」
「まだ運転手やってるんだ」
だって他に稼ぎ方を知らない。胸の真ん中を、いきなり手でも突っ込まれたようないやな冷たさが過っていった。
悪気がないことは百も承知している。それでも取り繕えないくらいには傷ついた。でも咎めようとまでは思わない。空護だって麗一に負担をかけて自傷にまで追いやっていたのだから、被害者面する資格はない。
他でもない宗我部が、最も空護を麗一の特別だと認識している。でなければ返してほしいと懇願しになどやって来ない。わかっているけれどダイナミクスは結局プレイありきの関係で、明確に恋心が先で知り合わないかぎり、気持ちが後付けになってしまう。彼女とがどうだったかまでは訊かなかったけれど、すくなくとも自分達が違ったことは知っている。
麗一が空護を求めるのも、不器用なひとりの人間としてじゃなく、強いDomとしてなのではないか。
そこまで深く考えて築くものでもないのだろうか。しかし空護は麗一をSubとして持つ以上は、他のSubとプレイする気はない。何なら迫られまくってきた所為で若干トラウマですらある。
いっそそういうDomにも何かしら印があればいいのにと思っている。自分の容量では三人どころかふたりだって無理だ。
「――そうか」
しばらく誰も何も言わない時間があって、やおら麗一がくちを開いた。
「パートナーを持つのは、空護にはまだ早かったんだね」
「え」
「年も若いし、俺みたいに重いのとは合わないかも」
「……は? なに急に、ちょっと待って」
「もう気にしなくていいよ」
全然怒ったふうもなく、むしろとびきり優しく諭されて呆気にとられる。空護が彫像になっているのも気にせず、麗一は手を動かして淡々と料理を食べる。波知乃といい、いちいち所作がきれいで育ちの良さが滲み出ている。
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