蛍光グリーンにひかる

ゆれ

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 痺れを切らして空護は波知乃に運転席を任せ、この付近で待っていてもらい車を降りてスマホを頼りに居場所をさぐっていく。通行人とほぼすれ違わなくていやな予感が止まらない。どうか近道をしようとしたのであってくれと祈る。けれど、どこかへ通じている雰囲気がない。逆に人目を避けようとしているとしか思えなくなってきた。

 近くで人の声が聞こえた。複数人が笑っている。やべえすげえと楽しげに盛り上がる会話が、ところどころ不自然に止まる。もう半ば確信してはいたのだが、やっぱり、マークの留まっている場所はそこだった。

「……麗一、」

 いきなり現れた招かれざる客に驚いて振り返った男の顔面にふかく左拳をめり込ませる。何か手応えがあった気がしたが、今の空護には些末な事だった。

 仲間がちょっと目を離した隙に鼻と口から鮮血を流して昏倒して、隣でスマートフォンを掲げていた男は恐怖に慄いて叫んだ。手の中のそれが麗一の物でないと判断すると蹴っ飛ばしてバスケットシューズの底で踏みつぶす。ついでに持ち主も胸倉を握り込み、ぶん回して壁に叩きつけた。

 手を放すと壁面に背を押しつけたまま頽れ、咳き込んで肩を揺する。まだ元気そうなので頬をもうひと蹴りしてやれば横を向いて動かなくなった。

「な、なんだお前、何」
「そいつにさわるな」

 上等な仕立てのスーツは何をかけられたのか濡れて汚れ、清潔なシャツの襟元は血に染まっている。殴られて、蹴られて、ボコボコにされ横たわっていた麗一を尚も靴底で踏みつけにしていた男は、一気に青褪めてそのきたない足を慌ててどけた。

 麗一の胸元を注意深く観察し、ちゃんと拍動しているのと、周囲に大量出血の跡がないのをあらためてから、空護は足の持ち主の首を素早く掴んだ。

「ぐっ……う、ぁ……ッ」
「オイやめろ!」

 放させようと飛び掛かってきた相手の攻撃を、掴んだ男を盾にして防ぐ。図らずも仲間に思いっきり体当たりしてしまい、困惑している隙にまとめて頭をぶつけさせた。

 耐性の差か、生まれもった骨の硬さか、一方は気絶したがもう一方は首を振り、ふらつきながらもすぐ立ち上がる。他に足音も気配も感じない。この四人で全部のようだ。

「てめえ、殺してやるっ」

 月並みな台詞とともに取り出されたサバイバルナイフが、夜の中で鈍く光る。しかし使う前にわざわざ見せてくれたので、空護は握り込んだ手ごと蹴って武装解除させ、踏みこみ直して回し蹴りでとどめを刺した。

 鈍い音を立ててまともに食らって膝から崩れ落ち、ふらふら傾ぐ男を、背中から踏んで地面に這いつくばらせる。呻き声がやめろと聞こえた。空護はかまわず体重をかけていく。

 視界が真っ赤に焼きついてものが考えられなかった。冷静でいたつもりだったが、男達に命乞いされるのも煩わしく、イライラと舌打ちが止まらない。全員の息の根を止めてやりたいと衝動が疼く。あとになって思えばとうに一線を越えてしまっていた。

「……くう、ご……」
「!」

 許してくれえと泣き喚く男の声に比べれば、ごくかすかな。弱々しく自分を呼ぶ声が、すんでのところで空護を引き返させてくれた。

「麗一ッ」

 我に返り、改めて辺りを見回してびっくりした。これ俺がやったのか。足をどけると踏みつけられていた男がすっかり戦意を喪失し、化け物を見るような眼でこちらを見ている。どんな説明よりわかりやすかった。

 迷惑客の御蔭で人を殴ると殴った側にもダメージが残ることは識っていた。最初にやってしまった手が馬鹿になり、動かすと関節に痛みが走ったが、そんなことはどうでも良い。駆け寄って麗一を助け起こす。

 この一連の流れはどうか見ていませんように。見ていたとしても速やかに忘れますように。願いが聞き届けられたのか、怯えた顔はされなかった。実際は空護よりほんの数センチ背が低いだけなのに、麗一がちいさく見えて焦燥感が増す。

「大丈夫? 俺車あるし病院行こう」
「いい、それより、空護、」

 今この瞬間だけは何を求められているか明確にわかった。

「よかった……」

 無事とは思えないけれど、最悪の結果は免れたと言えるだろう。身体に腕をまわし、しっかり抱きしめると麗一が震えたのが伝わってくる。どこか痛いのかと離そうとしたが許してくれず、もっと強い力で抱き返される。

 それだけで彼がどんなに不安を覚えていたか、苦しさがありありと伝わってきて、知らず目元が湿っていた。

「間に合ったかな、俺」
「うん……空護、ありがとう」

 発端はくだらないとしか言いようがないが、肩がぶつかったとかで絡まれたらしい。体調が悪く人と接するのが苦痛になっていた麗一が相手にすまいとしたために余計不興を買い、数に物を言わせてここまで連れてこられて、暴行を受けて手荷物を漁られた。身なりから経済力があるのもわかっていたのだろう。或いはそういう人ばかりを狙ってきたのかもしれなかった。

 誰も逃がさず全員のしてやったから、盗られた物もすぐに回収できる。うしろで聞き苦しく呻いている。ずっと気を揉ませているかもしれないので空護はそっとスマホを出すと、波知乃に麗一を確保したことを告げ、近くに車を回すよう頼んだ。
 
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