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しおりを挟む実は空護もそういうサービスに勧誘されたことがあった。「君なら絶対ナンバーワンになれるよ!」と言われたし自分でもそう思ったがプレイが苦手で断っている。もしあのとき意を決して飛び込んでいたら、この今は無かったのだろうか。それとも正式に客として、麗一と出会っていたりするのだろうか?
(どうしたんだろ)
波知乃はもうすこし待ってみると言っていたが、空護が今日の仕事を切り上げたと連絡すると、待ち合わせていた店の名前と場所を教えてくれ、自分は一度麗一の自宅へ様子を見に行ってくると返ってきた。程近い距離にあるため何もなければ取って返して空護と合流する考えのようだ。
あとの予定が潰れたりしなければいいがと念のため遠回しに尋ねた。すると「僕のもうひとりの待ち人はいつ来るかわからないから」と戯けられる。
彼には長く付き合った相手がいたが、いざ一緒になろうという段で振られてしまったらしい。波知乃はそれでへこむどころか「僕ほどの最優良物件を袖にする人なんて他にいない」と謎の情熱に火を点けられて、戻ってくるのをずっと待っている。と麗一が言っていた。
変わった人生を送っていると変わったものの受け止め方をするようだ。その相手を強引に連れ込んだり、あとを尾けまわしたりなどの悪質な行為はとっていないようなので、空護は麗一に倣いあたたかく見守っている。
ふたりめのユーナも無事に迎えられたので、再度連絡を取って仲間に預ける。ちゃんと車に乗り込むまで見届けて、空護は大急ぎで指定の店まで行ってみた。
「空護くん!」
高級店なので中に入るのは気後れしていたのだが、表で待っていてくれて助かった。波知乃を拾い、すぐ近くのコンビニの駐車場に取り敢えず停めさせてもらう。
すこし待ってもらっていくつかの弁当やサラダ、パン、飲み物を購入して戻る。空護より波知乃が何も食べてないかと思ったのだ。彼はこういう庶民の食文化にいたく興味津々な富裕層で、うわあとひとみを輝かせて受け取ってくれた。
多めに買ったのは麗一の分だ。どこにいるか知らないが、とにかくふたりで持っている情報を出し合う。それしかない。
万が一の可能性も考慮して電車の遅延情報や最新のニュース、災害情報まで覗いてみたが目ぼしいものは引っ掛からなかった。アルコールも食事の予定に含んでおり、車は置いてきているはずだ。日中の予定となると仕事のことなので、当然ふたりは知り得ない。
「どうしよう……」
アプリを何回確認しても新着メッセージはない。着信もない。電池切れを起こしているのだろうか。そうであってほしいけれど、もし他に連絡できない状況になっているとすれば――
「あ、そうだ」
天啓があった、とでもいうように突然ひらめいた。単に頭が悪くて失念していただけか。画面に忙しなく指をすべらせて別のアプリを立ち上げる。使う日など来ないと思っていたし何なら初めて今日さわるくらいだ。
「たしか麗一がGPSつけてたんですよ」
「そういえばそうだったね」
波知乃も大概動揺しているのだろう。その話になったとき一緒にいたので、選択肢に初めからあがっていたらむしろそれ目当てで空護に電話してきたはずだ。美しく食事を終えて、ともにスマートフォンを覗き込む。
DomとSubの関係においては、所有の証しに贈るカラーに基本搭載されている。しかし空護はまだ贈っていないので、麗一が自らつけることにしたと宣言し空護にアプリを入れさせた。スマホより常に身に着けやすいからと左耳に通したピアスがそれだ。
「まさか役に立つとは……」
根拠があるわけではないけれど空護の中では何となく、浮気の懸念だったりストーカーだったりと、GPSに対して否定的なイメージしかないため気が進まなかった。何故カラーにまでつけられているのか。麗一は子どもでも老人でもペットでもない。自立した社会人なのに。
だがもしかしなくても、自由を尊重されることは麗一にとって別の意味を有していたのだろうか。空護は既に彼から充分に信頼してもらえている心地よさがあったし、相手もそうだと思い込んでいて、気が回らなかったかもしれない。なんせ初めてのちゃんとしたプレイメイトだったのだ。
なんて、言い訳か。出来ることをすべていつもやっていたとは、思い返してみてもとても頷けない。それが答えだった。こんなふうに“何か”があってから痛感しても遅きに失する。
「君にもすこしはカラーの必要性がわかったかな」
「……してなくても場所わかりましたけど」
「麗一の御蔭でね」
「まあ……」
疑問の答えと、Domとしての経験値の差をこんなかたちで知らしめられて落ち込む。必要になる事態が起こり得ることを麗一は識っていたのだ。対面したことで具体的に顔をもった彼の過去が、空護を責めてくる。あなたの手には負えないと言われても反論できない。
点滅する赤いマークを目指して車を走らせると待ち合わせの店とは全然違う方向だった。やはり自宅からでなく出先から向かおうとしていたようだ。大通りでなく裏路地にいるのか、近づいてはいるもののなかなか視認できない。
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