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しおりを挟む今思うと、そんな家の人に出張風俗サービスを体験させるなんて麗一もだいぶ荒唐無稽というか、命知らずというか。空護と初めて会った夜に彼が連れていたのがこの波知乃だった。
尋常じゃない額のチップをもらったとかでキャストの間で神様呼ばわりされていた。しばらくはしきりに「また会えないかなあ」と皆が口々に言っていたが、まあ現在まで二度は無い。この先もたぶん無いだろう。この人もまた困ってなさそうだ。
「どうかしたんですか?」
連絡先を交換したのはそのあと何回か会ってからで、勿論麗一も知っている。彼のいないところでふたりで会うまで仲良しではないにしろ、たまに電話やメッセージの行き来はこれまでもあった。
だから別に何があったとも思ってなかった。波知乃の声も、まだ然程切羽詰まってはいなかったので。
『実は麗一と待ち合わせしてたんだけど、来ないんだよあいつ。もう一時間経つかな』
「え」
『空護くん何か知らない?』
電話にも出ないしメッセージも既読が付かない。そう続くのはあまり聞いてなかった。麗一の姿がない? どうして。
「わかりません、最近会ってなくて。仕事立て込んでるとかで」
『もしやそれかな』
「つうと?」
『いや、発作がさ』
「あ……」
これはSubだけでなくDomにも幾らか見られる症状なのだが、定期的にダイナミクスを発散させてやらないとストレスで鬱状態になり、自傷行為や悪くすると犯罪に走ったりしてしまう。体調がすぐれなくなってくるのがその予兆で、自分の周期を逸早く把握し、適度にプレイする必要があった。
残念ながらダイナミクスを自覚する誰もに起こり得るトラブルで、中には抗鬱剤のような薬を服用する場合もあるが不能になるなどの副作用がある。重さは人それぞれで、日常生活における立場によっても、その影響は異なるとされている。
特に麗一はSubモードになると生来の性格とダイナミクスが真逆に近いため、平均よりプレイの間隔が短くなるらしい。波知乃の言葉を聞きながら、だったら無理にでも押しかけていればよかったと空護はそっと唇を噛んだ。
遠慮させてしまったのだろうか。プレイがあまり好きではなかったことを知られているし、本当に休む暇がないほど忙しかったのかもしれない。泊まりはしても同棲はしていない。もし一緒に住んでいれば、早く気づいて手を打つことだってできたのに――
『……ごくん、空護くん』
「あ、すいません」
『ちょっと落ち着いて。訊いといてあれだけど、まだ何かあったって決まったわけじゃないから。ど忘れしただけかもしれないしスマホ無くしたのかもしれない』
正直どちらも平生の麗一なら到底やりそうにない行動で、波知乃に気を遣わせてしまったとすぐにわかってもう一度謝った。混乱したら見える事実も見えなくなる。とにかく冷静に対処しなければ。キャストに呼ばれたときもおなじだった。
空護は波知乃に一旦回線を切ることを告げ、支給のスマホでドライバー用のグループに急用が入ったためあがる旨を書き込んだ。幸い現時点で次の予約は空護のもとに来ていない。次々と了解の文字が返ってくるのにひとつひとつ心の中で礼を述べつつ、タイマーに目をやった。
あとは配車係にも同様の連絡をして、拾ったふたりのキャストを近くの待機車まで連れていって預ければ仕事は終了だ。何事も起こりませんようにと一日千秋の思いで待っていると、60分コースをこなした子が帰ってきた。
「おかえり。お疲れさま」
「うん」
すぐさま車に乗せてあたたかい飲み物を勧めてから移動を開始する。見た感じ怪我や傷などはないようでほっとした。ルームミラーからそれとなく確認し、じわりとアクセルを踏む。
ウエットティッシュであちこち拭きあげて髪を直し、丁寧にメークを施してから、彼女が湯気をまとうレモネードをくちに含む。お菓子なども一応用意はしてあるのだが、殆どのキャストは食べない。そんな気分になれるはずもないとわかってはいる。しかしまったく置かないでいるのも、それはそれで憂鬱さを肯定するようで抵抗があった。
「俺このあとあがることになったから、ユーナ拾ったらモリのとこ連れてくね」
「そうなの? お疲れさま~」
毎日休むこともなく、いつも時間いっぱいまで働いている空護なのでこういうときも何も言われない。それどころか「大丈夫?」と心配までしてくれる。
「うん、ありがとな」
二週間ほど前に天満が熱を出したことがあったため、おなじ感じで通せそうなのは有り難かった。自分のプライベートなど誰にも話してないし、わりと特殊な部類に入る事情だと思うので、ダイナミクスすらこちらから明言はしていなかった。
職種によっては面倒を避けたい一心で、ごくわずかだがDomもSubも雇わないと公言しているところもある。かと思えばプレイ専門の出張サービスも存在するのだから社会においてどういう立ち位置でいればいいのか、結局むやみには問わない、明かさないのが賢い気がしていた。
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