蛍光グリーンにひかる

ゆれ

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「でも空護と付き合ってるならSubモードだろうし、それなら他のSubとも関わらないだろうし。カラーは絶対ではないけど、自覚は与えるから場合によってはDom性が弱まるらしいし、そうなると寄せる心配は減るかもね」
「マジか」

 麗一がそこにこだわるのは自分がSwitchだからだったのだろうか。既に彼は選んでいて、これからもSubとして生きたいがために空護にせがんでいたのだとしたら。
 意外な可憐しさに心が刺激される。やっぱり今日行けばよかった、と思ってしまう。ドタキャンしておいて勝手なものだ。

(でも)

 向こうから気に入られた空護がここまで思い悩むのも端から見ればおかしな話なのだろうか。しかしだからこそ、いつか幻滅されるかもしれないし、もう望みは叶って満足するかもしれない。新たな出会いへの懸念も消えるわけではない。

 それは何もプレイメイトに限ったことじゃなく、普通の恋愛関係でもおなじだ。皆こんな不安に揺れながら日々を過ごしているのかと思うと感心する。とてもつらい。空護には耐えられそうにない。いっそ手放して平穏な人生を選び取るほうがいいような気さえしてきた。

 情緒が千々に乱れて破綻している。動揺の爪痕は深く、初心者のいたいけな心をめためたにして去った。彼女もこんな苦しい夜を幾つも明かしたのだろうか。

 麗一の意思を確認してから。やっぱり自分がきちんと向き合ってから。でも宗我部の気持ちも伝えなければ不公平なのではないか。いやそれは本人が、いやいや、でももし。

「何もわからん……」

 慣れない頭脳労働に耳から湯気を噴きそうだった。もう風呂入って寝よ。生活を止めるわけにはいかないのだ。やっと立ち上がって動き出した空護を一瞥してから、天満も作業の続きに戻る。マイペースなこの弟なりに兄を心配しているらしい。








 キャストを送り出し、90分コースの間に60分コースのもうひとりを現場に届けて、あがりを待つ。この時間は基本的に車を離れなければ自由なので仮眠もできるのだが、経験上SOSコールがないとも限らない。空護は本を読んだり、暇潰しをしていたキャストが置いていった女性誌をめくって料理のレシピを学んだりして過ごしていた。

 滅多に当たらないとはいえまったく無いわけでもない。本番は駄目だというのに無理やり迫ってきたり暴力をふるったり、盗撮して脅してきたり。警察に突き出したことも何度かあった。その場合は空護自身よりキャストの心のケアが大変なのだ。

 そもそもが皆それぞれに事情があってこの仕事に就いている。好きで好きで楽しくて仕方ないなどという女の子はひとりもいない。将来のために、家族のために、何かしらまとまった金が必要で、仕様が無く働いている。

 だからせめて怖い思いはさせないように、最小限の苦痛で済むようにと空護は心掛けている。愚痴を聞いたりかるいものなら相談に乗ったり、ちょっとした失敗談を話して笑わせてあげたり。困ったときも一刻も早く駆けつけてあげたいのだ。迎え待ちのキャスト達はいつも皆ひどく心細そうな様子で立っていて、空護がドアを開けて「おかえり」と言うと、ようやく安堵の表情を浮かべた。

 女の子ひとりにひとつ、セットしたタイマーをダッシュボードに並べ、渋滞情報など変化がないかもチェックする。支給品のスマホで他のドライバーの位置や状況も都度確認していた。今いる中では空護が一番勤続が長いので、リーダーのような扱いをされる。

 そうは言ってもきつい仕事であるし、車さえあれば誰でもできる日払いなので入れ代わりは激しかった。迷惑客の応対はどの職種でもある程度はついてくる問題だが、内容が内容なので仲裁が難しかったり、痛い目に遭わされたりすることもしばしばなのだ。安くはない給料なりの危険はつきまとう。

 そういう点では、長身で威圧的な空護は向いているのかもしれなかった。Domとして強いのも役に立つ。しかし向いていても微妙に嬉しくない。世の中には変な男がいっぱいいるんだなと呆れながら、なんか申し訳ないとちぢこまりながら、キャストの話に登場する変態どもが知り合いでないことだけを、気が変になりそうなほど祈っている。

「……ん?」

 不意にポケットの中でスマートフォンが震える。
 ごついケースに入れたそれは私用のもので、画面には波知乃はちなみの名前が点滅していた。

「もしもし、お久し振りです」
『あ、空護くん、よかった今話せる?』
「はい。待機中なんで」

 出勤してすぐの送迎だったため、街中にもまだ人けは多い。主に飲食街が賑わって、届け先のホテル周辺も観光客か地元民かよくわからない人々がたくさん通りを埋めていた。ぼんやり眺めながら耳を澄ませる。彼も外にいるようだ。

 波知乃は麗一の友人の資産家だ。初めに「こちら富裕層」と紹介され、当人も「どうも、富裕層です」と挨拶するくらいには親しい間柄で、のちに麗一の会社立ち上げの際に出資してくれたと聞いた。代々続く土地持ちの家系で家賃収入だけで食べていけるらしい。
 
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