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しおりを挟む先に茄子を炒め直してからうどんを加える。なじんだところで強火にして、若干焦がすと食欲をそそる匂いが部屋に満ちた。天満が嬉しそうにわらっている。最後に刻みのりを散らして完成。
「ほい」
「ありがと」
野菜を食べ終えた箸で天満があつあつの焼うどんを食べ始める。空護も向かいにふたたび座って、しばらくコーラの炭酸を見つめていたけれど、耐えきれずにくちを開いていた。
「なあ」
「……ん?」
「Switchだとさ、やっぱカラーしてもあんま意味ないのかな」
弟はすこし目を丸くしたが、ややもせずうーんと唸って、青いマグカップをかるく呷る。中身は水だ。
「まあSubモードのときは普通に効くけど、してたらDomモード入らないってわけでもないかも? 個人差だな」
「そうなんだ」
何を隠そうこの弟もSwitchなのだ。あまりにも無気力なので無性だとばかり思っていたのだが、当然なのだろうが、家で見せる顔がすべてというわけでも無いらしい。
DomにしろSubにしろ不調をきたして初めて自覚する場合が大半で、無意識に調整するSwitchは一体どのようにして判明するのか空護には不可解だった。弟なのに天満がいつそうと知ったのかも知らない。ある日なにげなく打ち明けられてびっくりした。
一年前、麗一と知り合ってからは圧倒的にそういう話をする機会が増えている。例によって空護には自分以外の誰のダイナミクスも見ただけではわからないので。対処法を知らない。ダイナミクス自体が、カラーの他では特に無性の人間には区別がつかない性別だった。
「じゃあカラーしても無意味じゃん」
贈ったところで麗一がDomに戻りたいと思ったら外されてしまう。ちょっとこれ邪魔だから外してくれと頼みにこられる未来を想像してみた。地獄だ。
「空護はよく知ってると思うけど、生まれつきの性格とダイナミクスが必ずしも一致するとは限らないからね」
「おん……」
「まあ俺は面倒くさがりだからSubでいるほうがラクだけど、たまにそれも面倒くさくなるし」
「ええ~」
「尽くされたいときもある」
「ほー」
麗一は、正直どうなのだろう。口頭で尋ねたらきっと「そんなことは思わない」と返されるだけだ。嘘をしているとまでは言わないが、本心とも判じかねる。だって事に及んでみなければ結局わからない、という性質なのだから。相手によって切り換えることが出来る。
空護と出会って宗我部と別れたように、また新たなDomかSubに出会えば、空護を捨てるのかもしれない。プレイメイト以外に自分達に繋がりなどない。だったら、捨てられはしないかもしれないが、他の誰かと彼を共有することになるのかもしれない。
「うーん……」
眉間にしわを寄せていると、食べ終えた天満が「ごちそうさま」と唱えて移動した。やや背を丸めて流しに立ち、洗い物を片付ける。手際はいい。
「でもさ、Subが通りすがりのグレアにあてられることはあっても、逆ってあんまりないから。空護だってそうじゃん?」
「あー、それはまあ……そうか」
たしかにプレイメイトになってほしいとナンパされた経験はあれど、空護自身はそういう場に来ているわけでもないのに見知らぬ人をいきなり従わせるなんて無理だし、しようとも思わない。Subが望んで預けてくれて初めて応えたいと衝動がわくのだ。
今こそああでも麗一のことだって初めはプレイメイトになると思ってなかった。そうなりたいと彼が言ったから、所有権を譲り受けた。試してみてほしいと熱く説かれて。
水を止めて手を拭きながら天満が振り返る。
「空護の好きなひとはSwitchなんだ」
「うん? ……うーん」
その表現が正しいのかどうかは、わかりかねた。パートナーになりたい、好きだと言ってくれる麗一の気持ちと、自分のなかにあるらしい気持ちがおなじかどうか判別がつかない。ただ快楽に流されているだけのような気もする。恋心はそんな下卑たものじゃないだろう。
もっと純粋で高尚で、己を顧みない、不可侵の感情なのではないだろうか。そうあってほしい。
まああまり悩みすぎるなよ、とでもいうように天満が空護の肩をかるく叩いて居間兼寝室へ戻っていく。中央には仕切りのカーテンが渡してあり、どちらかが寝ているときなどは気休めだが起こさないよう活用する。それぞれの自室もない狭さなのだが、ふたりきりの家族なので寂しくなくて逆によかった。
相談事は空護からするほうがむしろ多いため、弟みがあまりない。外では兄と呼んでくれるけれど、家の中では名前も呼び捨て。年の差がすくない所為もあるだろうか。こう言うのもなんだが天満はちょっと老成した子どもだったと思う。自分に比べて。
「まあふたりの関係がうまくいってたら、そのひともDomになろうとかは思わないよ。大丈夫」
「……そうかな」
なんせこっちは特定のプレイメイトを持つこと自体が初めてのヒヨッコなのだ。多少くよくよするくらいは見逃してほしい。
「DomとSubどっちがいいか訊かれても、たぶん決められないよ。人によるし」
「おん」
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