6 / 20
06
しおりを挟む「えっ」
そこまでの関係だったとはさすがに知らず、空護に動揺が走ったのを見て取ってか宗我部はその後も饒舌にふたりの仲を話しだした。どのくらいの頻度でプレイしていたか、その際の麗一がどれほど素敵だったか。紳士的で、ときに男らしく情熱的でもあって、スペースに入りっ放しだったと。
主に空護が不慣れな所為で自分達はまだ麗一がスペースに入るまでの満足は得られていないように思う。ドロップさせたこともないけれど、何となくDomとして悔しい。そしてそれは表情に滲み出ていたのか、宗我部が唇をつりあげる。
「あなたたち、まだカラーは贈ってないんでしょう」
「――……」
「だったらお願いします、あのひとを私に返してください」
話の流れからそう乞われるだろうと予想はついていたが、いざ言われると気持ちがとても沈んだ。ドロップに陥ると激しい不安に胸を蝕まれ、生きているのもつらくなると聞く。Domの空護には実感がないこともまた同情を強めた。好きで生まれもったダイナミクスじゃないという苦しみも、こちらは痛いほど理解できる。
望まないのにプレイを進めていくと防衛本能が高まり過ぎて攻撃的になるSubもいるという。DomにとってもSubにとっても、安全に心地よくプレイできる人は喉から手が出るほど欲しいものなのだ。さらに恋心もいだいているなら重畳。知らなかったとはいえ宗我部からそれを奪ったと思うと、やはりこれまでのようには行かない。
「私は麗一じゃなきゃ駄目なんです」
きれいに化粧の施された目尻から唐突に涙がひとつぶ転がって落ちた。疲れ切った声にこちらまで胸が痛む。思いの丈は告げたと判断したのか宗我部はおもむろに立ち上がると、空護にかるく頭を下げて足早に去っていった。気を付けてと言うのも忘れてその後ろ姿をただ見送る。
いろいろと考えさせられた。もし彼女なら、パートナーにも婚姻関係にもなれるだろう。望めば子どもだって持てる。世間体を気にする必要も一切ない。いいこと尽くめだ。
麗一はDomとしても大変素晴らしい男だったらしい。それが、空護によって封印されようとしている。いいのだろうか。あの人は麗一じゃなきゃ駄目だと言った。俺はどうだろう?
「……ごめん、俺だけど今日ダメになった。また日を改めてもいいかな」
反射的に麗一に断りの電話を入れていた。本当なら、今日はようやくカラーを一緒に見にいく予定だった。明らかに残念そうな声だったが彼は受け入れてくれた。まだ外にいるので仕事か何かだと思ってくれたのかもしれない。
後ろめたさからか必要以上にごめんを重ねて空護は通話を終わらせる。どうしよう。さすがに麗一には話せない。というか、自分で答えを出さなければいけない問題だった。やさしい彼が何も言わないから、追及されないから、甘えてなあなあにしてしまっていた付けが回ってきたのだ。
とりあえずこのまま街にいる気にはなれなかったので帰宅する。そろそろ会社帰りのサラリーマンが、客引きの罠にかかって欲望の坩堝へ落とされていく時間帯。家を出たときとは打って変わってギラギラとした、無防備な男女で溢れ返る通りを渡って、年季の入った雑居ビルの階段をのぼっていく。
表札は出していない、303号室。すこし蝶番の錆びたドアをくぐると仕切りの引き戸が開け放しで丸見えの奥の部屋で、ラグランスリーブのTシャツを着た背中が、黒いヘッドフォンをつけて左右に揺れているのが見えた。
「ただいま」
どうせ聞こえないのだろうが一応告げる。反応は待たずに手を洗い、ブルゾンを脱いで食卓の椅子の背凭れに掛けた。冷蔵庫に顔を突っ込んで飲みかけのコーラを出す。やや炭酸の抜けたそれが喉をすべり落ちていく。
21になったけれど酒の味は未だにわからなかった。元より嗜好品に費やせるような余裕もない。でも今日ばかりは、飲めたらよかったのにと思わずにいられなかった。動揺は激しく尾を引き、きっと夜もろくに眠れないだろう。
麗一との約束をドタキャンしてしまったことも、ショックに拍車をかけていた。向こうが忙しいらしく会えない日が続いていて、やっと折り合いがついたところだったのだ。だが今はどんな顔をして会えばいいかわからない。
衝動のままに思わぬことを口走りそうで、一旦頭を冷やしたかった。そのくらいの判断力は働いてくれて幸いだった。
「あれ、空護いつの間に」
「うん今」
「おかえり~」
ヘッドフォンを外して天満がこちらへ寄ってくる。パソコンの画面を見るに、創作活動に勤しんでいたようだ。
「邪魔した?」
「いや、ちょうど休憩しようと思ったとこ」
かぶりを振って冷蔵庫からゆうべの残りの麻婆茄子を取り出す。冷凍庫からうどん麺も出して、水にさらしてから耐熱容器に入れ電子レンジにかけた。天満は殆ど料理をしない。昔から空護の役目だ。
放っておくと何も食べないので安いとき適当に買ってきた野菜を刻んで保存容器に詰めてあるものも出してきて、小山程度を皿に取るとレモンのドレッシングをかけて食べだした。チン、とレンジが鳴ったので空護がうどんを取り出し、フライパンにごま油を垂らす。
0
お気に入りに追加
26
あなたにおすすめの小説
年上の恋人は優しい上司
木野葉ゆる
BL
小さな賃貸専門の不動産屋さんに勤める俺の恋人は、年上で優しい上司。
仕事のこととか、日常のこととか、デートのこととか、日記代わりに綴るSS連作。
基本は受け視点(一人称)です。
一日一花BL企画 参加作品も含まれています。
表紙は松下リサ様(@risa_m1012)に描いて頂きました!!ありがとうございます!!!!
完結済みにいたしました。
6月13日、同人誌を発売しました。
おだやかDomは一途なSubの腕の中
phyr
BL
リユネルヴェニア王国北の砦で働く魔術師レーネは、ぽやぽやした性格で魔術以外は今ひとつ頼りない。世話をするよりもされるほうが得意なのだが、ある日所属する小隊に新人が配属され、そのうち一人を受け持つことになった。
担当することになった新人騎士ティノールトは、書類上のダイナミクスはNormalだがどうやらSubらしい。Domに頼れず倒れかけたティノールトのためのPlay をきっかけに、レーネも徐々にDomとしての性質を目覚めさせ、二人は惹かれ合っていく。
しかしティノールトの異動によって離れ離れになってしまい、またぼんやりと日々を過ごしていたレーネのもとに、一通の書類が届く。
『貴殿を、西方将軍補佐官に任命する』
------------------------
※10/5-10/27, 11/1-11/23の間、毎日更新です。
※この作品はDom/Subユニバースの設定に基づいて創作しています。一部独自の解釈、設定があります。
表紙は祭崎飯代様に描いていただきました。ありがとうございました。
第11回BL小説大賞にエントリーしております。
平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです
おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの)
BDSM要素はほぼ無し。
甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。
順次スケベパートも追加していきます
いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜
きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員
Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。
そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。
初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。
甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。
第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。
※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり)
※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り
初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。
相性最高な最悪の男 ~ラブホで会った大嫌いな同僚に執着されて逃げられない~
柊 千鶴
BL
【執着攻め×強気受け】
人付き合いを好まず、常に周囲と一定の距離を置いてきた篠崎には、唯一激しく口論を交わす男がいた。
その仲の悪さから「天敵」と称される同期の男だ。
完璧人間と名高い男とは性格も意見も合わず、顔を合わせればいがみ合う日々を送っていた。
ところがある日。
篠崎が人肌恋しさを慰めるため、出会い系サイトで男を見繕いホテルに向かうと、部屋の中では件の「天敵」月島亮介が待っていた。
「ど、どうしてお前がここにいる⁉」「それはこちらの台詞だ…!」
一夜の過ちとして終わるかと思われた関係は、徐々にふたりの間に変化をもたらし、月島の秘められた執着心が明らかになっていく。
いつも嫌味を言い合っているライバルとマッチングしてしまい、一晩だけの関係で終わるには惜しいほど身体の相性は良く、抜け出せないまま囲われ執着され溺愛されていく話。小説家になろうに投稿した小説の改訂版です。
合わせて漫画もよろしくお願いします。(https://www.alphapolis.co.jp/manga/763604729/304424900)
朝日に捧ぐセレナーデ 〜天使なSubの育て方〜
沈丁花
BL
“拝啓 東弥
この手紙を東弥が見ているということは、僕はもうこの世にいないんだね。
突然の連絡を許してください。どうしても東弥にしか頼めないことがあって、こうして手紙にしました。…”
兄から届いた一通の手紙は、東弥をある青年と出会わせた。
互いに一緒にいたいと願うからこそすれ違った、甘く焦ったい恋物語。
※強く握って、離さないでの続編になります。東弥が主人公です。
※DomSubユニバース作品です
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる