蛍光グリーンにひかる

ゆれ

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「えっ」

 そこまでの関係だったとはさすがに知らず、空護に動揺が走ったのを見て取ってか宗我部はその後も饒舌にふたりの仲を話しだした。どのくらいの頻度でプレイしていたか、その際の麗一がどれほど素敵だったか。紳士的で、ときに男らしく情熱的でもあって、スペースお花畑状態に入りっ放しだったと。

 主に空護が不慣れな所為で自分達はまだ麗一がスペースに入るまでの満足は得られていないように思う。ドロップさせたこともないけれど、何となくDomとして悔しい。そしてそれは表情に滲み出ていたのか、宗我部が唇をつりあげる。

「あなたたち、まだカラーは贈ってないんでしょう」
「――……」
「だったらお願いします、あのひとを私に返してください」

 話の流れからそう乞われるだろうと予想はついていたが、いざ言われると気持ちがとても沈んだ。ドロップに陥ると激しい不安に胸を蝕まれ、生きているのもつらくなると聞く。Domの空護には実感がないこともまた同情を強めた。好きで生まれもったダイナミクスじゃないという苦しみも、こちらは痛いほど理解できる。

 望まないのにプレイを進めていくと防衛本能が高まり過ぎて攻撃的になるSubもいるという。DomにとってもSubにとっても、安全に心地よくプレイできる人は喉から手が出るほど欲しいものなのだ。さらに恋心もいだいているなら重畳。知らなかったとはいえ宗我部からそれを奪ったと思うと、やはりこれまでのようには行かない。

「私は麗一じゃなきゃ駄目なんです」

 きれいに化粧の施された目尻から唐突に涙がひとつぶ転がって落ちた。疲れ切った声にこちらまで胸が痛む。思いの丈は告げたと判断したのか宗我部はおもむろに立ち上がると、空護にかるく頭を下げて足早に去っていった。気を付けてと言うのも忘れてその後ろ姿をただ見送る。

 いろいろと考えさせられた。もし彼女なら、パートナーにも婚姻関係にもなれるだろう。望めば子どもだって持てる。世間体を気にする必要も一切ない。いいこと尽くめだ。

 麗一はDomとしても大変素晴らしい男だったらしい。それが、空護によって封印されようとしている。いいのだろうか。あの人は麗一じゃなきゃ駄目だと言った。俺はどうだろう?

「……ごめん、俺だけど今日ダメになった。また日を改めてもいいかな」

 反射的に麗一に断りの電話を入れていた。本当なら、今日はようやくカラーを一緒に見にいく予定だった。明らかに残念そうな声だったが彼は受け入れてくれた。まだ外にいるので仕事か何かだと思ってくれたのかもしれない。

 後ろめたさからか必要以上にごめんを重ねて空護は通話を終わらせる。どうしよう。さすがに麗一には話せない。というか、自分で答えを出さなければいけない問題だった。やさしい彼が何も言わないから、追及されないから、甘えてなあなあにしてしまっていた付けが回ってきたのだ。

 とりあえずこのまま街にいる気にはなれなかったので帰宅する。そろそろ会社帰りのサラリーマンが、客引きの罠にかかって欲望の坩堝へ落とされていく時間帯。家を出たときとは打って変わってギラギラとした、無防備な男女で溢れ返る通りを渡って、年季の入った雑居ビルの階段をのぼっていく。

 表札は出していない、303号室。すこし蝶番の錆びたドアをくぐると仕切りの引き戸が開け放しで丸見えの奥の部屋で、ラグランスリーブのTシャツを着た背中が、黒いヘッドフォンをつけて左右に揺れているのが見えた。

「ただいま」

 どうせ聞こえないのだろうが一応告げる。反応は待たずに手を洗い、ブルゾンを脱いで食卓の椅子の背凭れに掛けた。冷蔵庫に顔を突っ込んで飲みかけのコーラを出す。やや炭酸の抜けたそれが喉をすべり落ちていく。
 21になったけれど酒の味は未だにわからなかった。元より嗜好品に費やせるような余裕もない。でも今日ばかりは、飲めたらよかったのにと思わずにいられなかった。動揺は激しく尾を引き、きっと夜もろくに眠れないだろう。

 麗一との約束をドタキャンしてしまったことも、ショックに拍車をかけていた。向こうが忙しいらしく会えない日が続いていて、やっと折り合いがついたところだったのだ。だが今はどんな顔をして会えばいいかわからない。

 衝動のままに思わぬことを口走りそうで、一旦頭を冷やしたかった。そのくらいの判断力は働いてくれて幸いだった。

「あれ、空護いつの間に」
「うん今」
「おかえり~」
 ヘッドフォンを外して天満がこちらへ寄ってくる。パソコンの画面を見るに、創作活動に勤しんでいたようだ。

「邪魔した?」
「いや、ちょうど休憩しようと思ったとこ」

 かぶりを振って冷蔵庫からゆうべの残りの麻婆茄子を取り出す。冷凍庫からうどん麺も出して、水にさらしてから耐熱容器に入れ電子レンジにかけた。天満は殆ど料理をしない。昔から空護の役目だ。

 放っておくと何も食べないので安いとき適当に買ってきた野菜を刻んで保存容器に詰めてあるものも出してきて、小山程度を皿に取るとレモンのドレッシングをかけて食べだした。チン、とレンジが鳴ったので空護がうどんを取り出し、フライパンにごま油を垂らす。
 
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