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しおりを挟む「うわマジかあいつ最悪なんだけど」
箸を放してポケットからスマートフォンを出す。カウンターの奥から店長の視線が刺さる。SNSに載せると言っていつまでも写真ばかり撮って熱いうちに食べない若者が嫌いなのだ。しかし空護は既にあらかた食べ終えているので気にせず通信アプリをタップする。
「じゃあこのやたらしつこい知らない女の子って……」
「たぶんその子だわ」
どっちもかあいそーと節をつけて言われても、こんなに心のこもらない可哀想も無いだろう。レイラが悪いわけじゃないが、見ていたなら止めてほしかったとちょっと思った。まあ概ね悪いのは天満だ。
「あいつゥ……戦争よ!」
「兄弟ゲンカ勃発だぁ」
そう称されると、幼い子らが顔を真っ赤にしてポカポカ叩き合っているみたいで急に可愛らしくなる。実際何をするでもない、こらっと小言しておしまいだ。厳密には喧嘩ですらないか。
互いに少年の域を脱し、青年期に突入しているのだ。いまさら熱く殴り合うなんて気恥ずかしいしキャラじゃない。親に捨てられてもなんとか成人できるもんだなあと遠い目をしていると、レイラが「おいしかった!」と嬉しそうに手を合わせた。
「ごちそうさまでした~」
店とレイラと両方への気持ちで言いながら外へ出ると、あっという間に順番待ちの列が形成されていた。時間の選択に成功してこっそり悦に入っていた空護の背中に「すいません」と声が飛んでくる。
道でも塞いでいたかと慌てて歩道の端に避けたがそうではなかった。見知らぬ女の人が、鋭い目つきで空護を睨めつけている。
「お兄さん、大丈夫?」
「ああ……うん、ごめん、ここでいい?」
「うん、あたしこのままバイト行くし。じゃあまたね」
レイラはかるく手を振り、女には怪訝そうな眼を向けてから雑踏にまぎれていった。天満のアレかと一瞬疑ったが、それならレイラも顔を識っているはずだ。別件だろう。
「あの、何か」
「用が無ければ呼び止めません。藤木空護さんですよね?」
「……そうですけど」
「ちょっとお時間いいですか」
彼女は有無を言わさぬ様子だった。だったら座って話せる場所でも、と思ったがカフェは学生も多く満員で、結局公園のベンチに並んで座る。駅前なので明るいし人通りも多い。遠くでスケボーの練習やダンスに興じる若者を見るともなく見ていた。
横で咳払いをされるまで。
「それで、あなたは?」
「私は宗我部といいます。ご存知ないでしょうか」
「いえ……」
名前も顔も初めて知る。逆に何故あなたは俺をご存知なんですかと問いたいくらい初対面の人だ。どこかで見たような気すらしない。
それにしても個人情報のだだ漏れが過ぎた。空護はアプリでメッセージをやり取りする以外にSNSは利用していない。天満のアカウントにたまに兄として登場するくらいだが、それも顔や名前は出さない。
なのにこうして赤の他人が名指しで訪れてくるのだから嫌にもなる。警察の如く根気強く張りついたのでなければ恐らく幾らかの対価は払って情報を得ているのだろうが、逆に言えばそうすれば容易に情報を手に入れられるのだ。個人間トラブルも犯罪もどうりでなくならないわけだった。
インターネット上で絡んでくるほうがまだましなのだろうか。こうして直に会いにくるなんて、空護のほうに連絡する手段がないから仕方なくなのか、あろうがなかろうがなのか、両方使いか。今になって急に身の危険を覚えて肌が粟立つ。
見た目はとてもそんな要注意人物ではないけれど。ともあれこれ以上気分を害さぬよう横目で宗我部の様子を窺っていたのだが、彼女のほうからは堂々とガン見されていて、失笑してしまった。
「いや、すいません」
「……正直顔で選んだのかと思ってましたが、そういうわけでもないんですね」
「は?」
よく知らない相手に失礼な態度になったが、最初から好意的とは感じられないのでまあいいかと自分を許す。ついでに目つきが悪いのは生まれたときからだ。どうせ皮肉か揶揄だろうと聞き流す。
「えーと、さっきからひとりで話進めてるみたいですけど、何なんですか? 俺は知らないって言ってるのに気味が悪いです」
「ごめんなさい……」
やっと常識的な受け答えが聞けたと思えば妙にうわずっている。空護はぎくりとした。この人、Subかもしれない。意図せず強く返してしまった。
「で、誰なんですか」
「……私は、星子麗一の元Subです」
「!」
どうやら三人いたうちのひとりだったようだ。そこが合意かどうかまでは知らないし、どういう内訳なのかもよくわからないので空護からは何も言わないことにした。それに宗我部の論点はそこじゃないだろう。
背景は何も知らないけれど、実在はする麗一の“過去”に初めて触れる。固唾を飲んで彼女の声に意識を向けていた。腿の上においた両手が自然と拳にかたまる。にわかに緊張している。
「ご存知かもしれませんが、あなたと出会ってからすぐにドロップさせられて別れました。私たち本当にうまくいってたんです。その証拠にカラーだって贈ってくれました。それなのに」
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