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しおりを挟む関係の決定権は常にSubが握っている。解消もSubが決めるものだ。空護はいつ終わっても仕方ないとも思っている。たとえ向こうから乞われて始まっていても、いつかその日は来る。
そう考えてカラーを贈るのはまだ躊躇っているのだが、麗一はずっと欲しがっている。一年経ってもなお慎重な空護に「信じられない。どこか悪いとこがあるなら言ってくれ。直すから」とまで譲歩してくれる。あなたに問題はまるで無い。むしろこっちが問題だらけなくらいで。
「いいのかな」
こんなDomとしてすら不器用な自分と、Subとしても完璧なSwitchの麗一。誰目線かもあやふやにただただ“釣り合わない”と断じてしまうのは、育ててくれた人達に失礼と知りつつも禁じ得なかった。
「……そんなこと、しなくていい」
反射的に言ってしまうと、それは『よくできました』と言い換えてほしいと諭された。本当にしてほしくないことは強く撥ね付けてもいい、Subは自ら好んで尽くしているのだから。それを搾取と受け取られるのは悲しいと。
世の他のDomはそんなことは感じないものなのだろうか。近くにはいないのでわからない。空護が何でも自分でしてきたのは、まわりの人間を信じてなかったからじゃないかと、以前麗一に指摘された。
SubだけじゃなくてDomもやっぱり幾らかは信じて預けてくれたほうが、いいパートナーになれる気がする。関係って双方向だからね。
自分の所有権を誰かに切り与える。それがとても難しい現状が、空護が紛れもなくDomであることを教えていた。
湯気のたつ目にも熱いスープの中から中太麺を一回持ち上げ、分量を確認して一気に啜る。くちのなかいっぱいに含んでしっかり噛んでを当たり前に繰り返しているだけなのに、ほほ笑ましいものを見る目を向けられていた。
「ぉん?」
「いっつも思うけど、お兄さんマジおいしそーに食べるよねぇ」
「口がでかいからだろ」
隣でおなじものを食べている女の子は弟のクラブ友達だ。今では空護の友達でもある。名前はレイラ。素性はよく知らないがいつも派手な服装をして、それに負けない顔面の持ち主なので、男が多いラーメン屋の中ではかなり浮いていた。
夜は曲がり角の向こうまで行列ができる人気店だけあって、開いてすぐでも満席状態だった。食事をしたくてもひとりでは行きづらいらしく、ちょうど出勤前で時間のある空護はちょくちょく女の子にこういう用事を頼まれる。因みにほぼ奢りなので、メニューはおなじ物にする。
大柄な体躯をしているので皆に「もっと頼んでいいよ」と言われるのだが、その通りに前は食べたいだけ食べていたのだが、麗一とプレイメイトになってからこっち、何となく、うすぼんやり程度に量をセーブするようになっている。
兄弟揃って身長に恵まれ、できるかぎり多く食べられるようにばかりをずっと考えて生きてきたのにわからないものだ。空護は生まれて初めて自分が見た目を意識していることに気づいて、叫びだしたいくらい恥ずかしかった。鏡など身支度を整えるのに出掛けるタイミングで向かい合う以外用が無い人生だったのに。
麗一はいつも小ぎれいにしている。常に人に会うし取り扱っているのが飲食業なので清潔感は大切らしい。たしかにそうだ。空護だってキャスト達にすこしでも不快感を与えないよう、車はいつもきれいにしている。自宅よりまめに掃除する。
「太る要素しかないんだけどさー、だから馬鹿みたいにおいしいんだよねぇ」
「あなた全然太ってないじゃん」
「見たことないのに言わないでくれる」
「いやそれは知らんけど」
若いカップルの惚気が始まったと思われているくさくて微妙な気分だった。なまぬるい視線を感じる。義理立てする相手なぞいないけれど、嫉みを受けても厄介だ。長居はしたくないなときもち箸を早く動かした。
他に共通の話題などもないので、自然と天満の名がどちらともなく口にのぼる。今頃くしゃみのひとつでもしているかもしれなかった。自作の歌を配信しながらクラブにもDJとして顔を出し、というような活動を数年前から続けている。高校は昨年卒業したばかりというのはあまり知られてない。
縦に長いと年齢より上に判断されるのは高身長あるあるだった。空護もそこを突いてアルバイトをしていたくちだし、弟に偉そうに説教できる権力もないため、黙認状態で現在まで来ている。
天満のほうから相談を持ちかけられれば勿論いつでも乗る準備はできているし、そもそも彼は問題を起こすような人間ではない。良くも悪くも無気力というか、大好きな音楽以外には興味を持てることのほうがうんとすくなかった。
そんな弟から生まれるものがあり、それが人々の心を打って、行ったこともない存在すら知らない場所にまで届いているという事実もまた、改めて奇跡なのだろうと空護には思えた。世の中は意外と不思議で満ちている。
「天ちゃん、こないだ来てた客の女の子にしつこくせがまれてしぶしぶ連絡先渡してたんだけど、お兄さんのだったよ」
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