ピーチな夜、ソマリの朝

ゆれ

文字の大きさ
上 下
10 / 14
ソマリの朝

02

しおりを挟む
 
 まあいい。取り敢えず今からは自分を心配しなければ。肩越しにひらりと手を振った葵に「昼にお迎えに上がります」と若干消沈した中窪の声が飛んでくる。エントランスに入るまで見送って、車と共に運転手は消える。コンシェルジュの挨拶に目礼で返し、葵は高層階用のエレベーターに乗り込んだ。また欠伸が出る。

 ようやく明るくなってきた街を見おろしながらゆったりと歩き、ファーコートのポケットから手を出して玄関のドアを開ける。中から賑やかな話し声がし、足元に見慣れないスニーカーがあっておやと眉を上げた。どうやらこんな早朝から客人のようだ。

「――あ、陣兄! おかえりなさい!」
嵐世らんぜさん……」
「お疲れ様です!」

 葵の胸あたりまでしか上背のない制服姿の少年がパタパタと奥から出迎えに駆けてくる。追って上峰も現れる。登校前のわずかな時間にも顔出すほど気に入られてんのかよ。いつの間にというか、選りに選ってという思いのほうが強かった。周囲の大半にはまだ理解を得られてないのにピンポイントで組長の一人息子を味方につけるとは。

 しかもまだ中学生だ。情人などと爛れた概念を覚えさせようものならエンコさせられるので、葵との関係性はお友達という便利なオブラートでくるんでいる。

「億斗くん待ってるよ」
「そうすか……どうもすみません、うちのがお手を煩わせて」
「ううん、話してると楽しい!」

 そうは言っても青年と少年。初めは一体どんな共通項があるのかと訝っていたが、どうも億斗は昔から子どもに好かれやすく弟がいるのもあって慣れているらしい。流行りのアニメやゲーム、芸能人にも子どもについていける程度に知識がある。嵐世はもとより葵に懐いて出入りしていたため、こうなるのに時間はかからなかった。

 何せなので逆に寄りつかなくなるのでは、という懸念は懸念のまま終わった。この『待ってるよ』の言葉をストレートに受け取れていたのもほんの数日のことだ。とんでもないのは身体だけじゃなかった。懇ろになったあとでプロフィールを知る羽目になったのも、状況が状況なので致し方なかったと言えばそうだ。

 一番厄介なのはそれを理由に手放そうという気にさらさらなれないことかもしれない。

「くっ……!」

 リビングへ続くドアを開け放った途端、いい上段蹴りが飛んできて受け止めた左腕がみしっと鳴った。入ってきたのが客人だったらどうすんだと青褪めたが事前に何かしら打ち合わせがあったのかもしれないと思い直す。出迎えはそのためだった。チッと舌打ちは信じ難いことにふたつ重なる。無論もうひとつは対峙している相手のものだ。

「朝帰りかよ色男……」
「この野郎……、好きで遅くなったんじゃ、ねえッ」

 今度は正拳突きの要領で飛んできた手にダガーが握られているのを見て、葵は避けながらコートを脱ぎ落とす。上峰が素早く回収する。レザーパンツは多少動きづらいが問題にするほどではなかった。どちらにせよ着替える暇は与えてもらえそうにないのでこれでいく。

 億斗はギンと眼つきを鋭くすると武装した右手をブンと大きく振った。これも躱して陽動と見抜き、どてっ腹めがけて飛んできていた足を手で受ける。押しきってそのまま踏みつけられそうになったが跳ね返す葵の力のほうが勝って離れられた。この隙に下がって間合いをキープする。

 片足立ちになってよろけていたが倒れることなくしなやかな身体は自力で均衡を取り戻した。ふ、と短く息を吐いて構えを取り直す。

「余所にあてがあんなら俺は帰せよ」

 パキ、ペキ、と指を鳴らす億斗はにこりともしていない。今日はまた一段とお怒りのようだった。葵は苦笑し「いやだね」と返す。

 これが彼の本性だ。チョロくて非力なオニーチャンはよくできた擬態に過ぎなかった。中学にあがるまで空手をしていたので多少武術の心得があり、ちょっとやそっとじゃ不覚を取らない。捕まえられた時は薬を嗅がされた所為で実力を発揮できなかったようだ。加えて容姿ゆえに変質者にも目を付けられやすく自ら撃退もしてきた。余程そこの自負を覆されたのが悔しかったらしく、囲った直後に下平と上峰は、多分に油断があったとはいえ億斗にボコ殴りにされている。

 兄貴分の情人を分け与えてもらえるどころかろくにさわらせてももらえず激しく抵抗に遭う。過剰防衛のリンチだ。バチバチの筋者がふたりがかりでも失敗したらしい。御蔭でと言うのもなんだが、許可は出しているけれど現状億斗に触れているのは葵だけ。誰にでも好きにされるなんて杞憂もいいところだった。

(イヤでも)

 何発かやったあとはその限りじゃないか。快楽に滅法弱く、ふにゃふにゃでされるがままのしどけない姿を想像したのがばれたみたいに低く蹴りを繰りだされて、見事脛を直撃したので泣くかと思った。うずくまったところへ無防備な背面を狙ってかぶさってきた相手の腕を正確に捉え、ぐうっと握り込みたい衝動を根性で堪えて解放する。

 億斗は葵に傷をつけても、その逆は絶対にない。一生飼い殺しにされるつもりなどミリもない億斗は体型を保つためここにいる間も以前とおなじ生活を維持できるよう要求してきたし葵もそれに否やは無かった。欲しいと言われたものは何でも買い与えている。監禁生活にしては相当優雅だろう。肌に触れるものもくちに入れるものも気を遣いまくっている。
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

目が覚めたら囲まれてました

るんぱっぱ
BL
燈和(トウワ)は、いつも独りぼっちだった。 燈和の母は愛人で、すでに亡くなっている。愛人の子として虐げられてきた燈和は、ある日家から飛び出し街へ。でも、そこで不良とぶつかりボコボコにされてしまう。 そして、目が覚めると、3人の男が燈和を囲んでいて…話を聞くと、チカという男が燈和を拾ってくれたらしい。 チカに気に入られた燈和は3人と共に行動するようになる。 不思議な3人は、闇医者、若頭、ハッカー、と異色な人達で! 独りぼっちだった燈和が非日常な幸せを勝ち取る話。

ヤクザと捨て子

幕間ささめ
BL
執着溺愛ヤクザ幹部×箱入り義理息子 ヤクザの事務所前に捨てられた子どもを自分好みに育てるヤクザ幹部とそんな保護者に育てられてる箱入り男子のお話。 ヤクザは頭の切れる爽やかな風貌の腹黒紳士。息子は細身の美男子の空回り全力少年。

キサラギムツキ
BL
長い間アプローチし続け恋人同士になれたのはよかったが…………… 攻め視点から最後受け視点。 残酷な描写があります。気になる方はお気をつけください。

フローブルー

とぎクロム
BL
——好きだなんて、一生、言えないままだと思ってたから…。 高二の夏。ある出来事をきっかけに、フェロモン発達障害と診断された雨笠 紺(あまがさ こん)は、自分には一生、パートナーも、子供も望めないのだと絶望するも、その後も前向きであろうと、日々を重ね、無事大学を出て、就職を果たす。ところが、そんな新社会人になった紺の前に、高校の同級生、日浦 竜慈(ひうら りゅうじ)が現れ、紺に自分の息子、青磁(せいじ)を預け(押し付け)ていく。——これは、始まり。ひとりと、ひとりの人間が、ゆっくりと、激しく、家族になっていくための…。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

ヤクザに囚われて

BL
友達の借金のカタに売られてなんやかんやされちゃうお話です

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

ヤクザの若頭は、年の離れた婚約者が可愛くて仕方がない

絹乃
恋愛
ヤクザの若頭の花隈(はなくま)には、婚約者がいる。十七歳下の少女で組長の一人娘である月葉(つきは)だ。保護者代わりの花隈は月葉のことをとても可愛がっているが、もちろん恋ではない。強面ヤクザと年の離れたお嬢さまの、恋に発展する前の、もどかしくドキドキするお話。

処理中です...