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ピーチな夜
01
しおりを挟む前を歩くふたりの舎弟とはもうかなり付き合いが長かった。半グレからはじき出されたこいつらを拾ってやったつもりは、葵のほうには特になかったが彼らにとってはそうらしく、あれから八年近く経とうとする今も尚よく尽くしてくれている。冗談でもなんでもなく葵のためなら命も賭す。そんなふたりを、兄貴分である葵も大層信頼している。
「いやぁ、しっかしオヤジも太っ腹っすねえ」
「ったり前だろ」
背の低い、いかにも調子の良さそうな喋り方をする下平に、葵ほどではないが背の高い上峰が窘めるように返す。揺れのひとつも感じることなく歩いているがここは船上で、海上だ。三人は超大型客船の中にいる。
海の上の三ツ星ホテルと謳われるこの船は組長の知己である大富豪の持ち物だ。普段は遠洋でもっぱら富裕層を乗せて優雅にクルージングしているところを、本日、若頭補佐である葵の誕生日パーティーのためだけにわざわざ借り受けたらしい。今日の昼から明日の昼まで丸一日、ひとときの快適な海路と設備から料理から従業員まですべて一流のもてなしを約束されて、葵は改めて組長への忠義をかたく誓った。
ここのところ毎月のようにシノギがトップだったのだから当然だとは微塵も思わない。下平と上峰ではないが、自分のようなはぐれ者を置いてくれているだけでも有り難いと思っている。葵は16でこの世界に身を投じているけれど何故か当時から目を掛けてくれて、俺の時でもここまではなかった、と若頭が拗ねていた。いつだってその特別扱いを中身の伴わない依怙贔屓と言われぬよう、実績も積み上げるのに葵は努力を惜しまない。そうすることで反目する連中も黙らせることができるのだからお得だとすら考えている。
数字が物を言うのは何もカタギ社会だけのことではない。今日びではヤクザだろうと、ただ喚き散らしたり器物を損壊しているだけでは無能のレッテルを貼られ母体存続のために内々で揉み消される。葵の生活は同年代の会社員より余程ストイックなくらいだった。飲み歩きもしなければギャンブルもしない。ごく数名の情婦以外には手も付けない。長身と派手な顔立ち、単なる脱色のしすぎなのだが銀髪という華美な見た目に反して、その中身は組員もくちを揃えて『面白みがないくらい真面目』と言う。余計な世話だと思っている。
パーティーの出席者達は身内の下っ端も含めて都合のつく者は大体女を連れていた。それ以外にコンパニオンも綺麗どころが揃えられていた。勿論本日の主役であるところの葵に愉しんでもらうためだ。しかし結局彼女らの誰の手も曳かず、特に可愛がっている舎弟のふたりしか寄せ付けずで解散してしまった。夥しい数の客に挨拶回りさせられ、やっとひとりになってデッキでくたくたで煙草をふかしていたところを、こうして導かれたというわけだ。
葵とて別に性欲がないわけじゃない。何事にも優先順位があるというだけ。加えて今より暇だった10代の頃にあらかた女は味わい尽くしているのでそんなに積極的に食指が動かない。必要としているかいないかというただそれだけのことなのに、周りは組長を筆頭にどういうわけか年を食ってもお盛んな者ばかりなため、枯れているのかと心配されがちで面倒くさかった。
ある程度そこの強さも仕事の場で求められる職業といえばそうなのかもしれない所為もあって、無理強いされるとますます厭になってしまうので困りものだ。まだ26で肉体的には衰えとは程遠いしそう感じたこともない。気乗りすれば女が嫌がるほど精力的にもなる。だから単純に今は求めてないのだと葵は思っているし、そう言っている。が皆あんまり聞いていない。
何もなさすぎると今度はお節介で男をあてがわれかねないため今夜も周囲に倣って情婦に声をかければよかったか。一瞬頭に浮かびはしたのだけれど、最終的には招待客から外してしまったので明日以降ちょっと連絡でもしてみるかと思う。彼女らは彼女らで葵の誕生日を祝いたかったかもしれない。
下平が差し出した携帯灰皿に吸殻を捨て、葵にと割り当てられた一等客室の前で立ち止まる。上峰がちらと相棒に目配せしてから、葵に預かっていたルームキーでドアを開けて、どうぞというように勿体つけた仕種で入室を促してきた。すこし笑いながら中へ入る。
かぎられた船内の空間だ。エグゼクティブとまではいかないにしろなかなか広さのある客室は、他と違ってリビングとベッドルームが仕切られている。「いいなあ~メッチャ広!」と下平がうっとりしていた。無邪気な態度に疲弊した心が和む。一見するとどうしてこんな世界にいるのか不思議な男だ。短く刈り上げた髪と、若干着られている感の否めない趣味の悪いスーツ、太い金のネックレスという出で立ちはともかく。くちがうまくて人当たりが良いのでカタギと接する仕事の時はまずこの下平をさぐりに行かせる。
「アニキ」
「……おん」
一方こちらは物静かで落ち着いた印象の上峰が珍しく高揚した顔で葵を手招きした。扉はないが壁で空間の分けられた寝室のほうへ移動する。と、大きなベッドの真ん中に横たわる人間がいる。
「あ? 誰だこいつ」
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