セカンドクライ

ゆれ

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 木綿子のことを思い出していた。あの時も急な電話で明治は事件を知ったのだ。胸騒ぎがする。あの頃と違って恨みは買っていたとして物騒な手段で晴らされることはさすがにないだろう。恐らくそういう類いの連絡ではなかったと、思いたいのだが、わからない。お礼参りをされるにもだいぶ時を越えている。ちょっと考えにくい。
 変わった過去があると今ひとつ自分に信用が持てないし、やはり付き合う人間を選んでしまう。調子に乗っていろいろ打ち明けているけれど、もし杏里にひかれていたらどうするか。だがこちらには現状さっぱりその心算もないのに、結婚を理由にフラれるのではと日々気を揉ませるのは本意じゃなかった。

 住宅地なので駐車場が近くになく、家の表に停めさせてもらう。こちらから知らせるより先に杏里がすぐ出てきた。夜の中でも顔色が悪いとわかる。

「――杏里、」
「七緒っ」

 がばっと抱きつかれて喜んでいるわけにはいかない。今日はポンポンと背をあやすにとどめて、彼が震えているのに明治は眉を下げた。取り敢えず本人に怪我などはないようで安堵する。嘘だ、死ぬほど安堵した。

「ごめん、遅れたか?」
「ううん大丈夫。ありがと」
「……お、明治さん。こんばんは」
「あぁ?」

 てめえまだいたのか、と思わず言ってしまう。がらの悪さに酒匂は何が嬉しいのか手を叩いて笑っていた。連れてきているということは観念して泊めてやるつもりなのだろうか。というかまだくっついているのか?

「明治さんてもしかして元ヤン?」
「それがどうした」
「へえ~そうなんだぁ。なんか武勇伝めちゃくちゃありそう。聞きてえなー」

 余計なことは言うなと目線で捩じ伏せる。小出しにしたからか今のところはおさまっている杏里の知的欲求がぶり返したらどうする。本当に話したくないことも山ほどあるのだ。それでも酒匂はケロッとしているので、微妙に慣れを疑い始める。こいつ身近にカタギじゃない人間がいるのではなかろうか。もしそうなら速やかに杏里とは距離をおいてほしい。
 やっと話せるコンディションになったようで、杏里が離れていく。手を握るととても冷たかった。

「ごめん、呼びつけたりして」
「それはいいから。何があったんだ?」
「うん……さっき仕事終わって尋史と帰ってきたんだけど、部屋が荒らされてて」
「……は?」
「みんなもう帰ってきてるから、何かあったら騒いでたと思うんだけど誰も何も言わねえからたぶん俺のとこだけ」
「マジか」

 中に入るかと尋ねられ、興味は勿論あったが本日は遠慮させてもらう。家族は長男がバイとは知らないし彼氏を家へ連れてきたこともないらしい。無闇に正念場を迎えるのも酷だ。酒匂は高校生の時に何回か来ているそうなので友達認定だが明治となるとそうはいくまい。明確に年上であるし、一体どういう仲なのか見た目にはわかりづらい。
 それにもし通報する気があるのなら現場は荒らさないほうがいいだろう。犯人の手掛かりが消えてしまう。詳細は杏里から聞くことにして車に乗せた。停めたまま話をする。

「荒らされたってどんなふうに? 全部ひっくり返されたのか」
「いや、パッと見は普通だった。でもすこしずついつもと配置が微妙にずれてて、なんか変だなと思ったから抽斗あけてみたら中はぐちゃぐちゃだったんだ」

 決して神経質ではないが杏里は服に関しては職業病でもあるのか丁寧に扱っていると思う。たたみ方もきれいだし、そうしていたほうが選ぶのも時間を食わないからと明治のクローゼットも泊まりにくるといつも整頓してくれる。自分でやったのではないだろう。

 帰宅はいつもどおり21時付近。酒匂と途中スーパーへ買い物に寄って、さっき戻ってきたばかり。杏里の家は全員朝出掛けて午後から夜にかけてばらばらに帰ってくるようだ。となると犯行は日中なら比較的容易だろう。急の帰りがないとは言い切れないが、弟達も部活動や塾があっては可能性は低い。
 近所も似たような家族構成では目撃者は望めなそうだった。若い人々が住む街なので昼間は極端に人口密度が下がる。鉢合わせなくてよかったと思うところだが、杏里は冷静さを取り戻してちょっと怒っているので言わなかった。

「盗られた物は?」
「金目の物は元からあんまねえし、現金は持ち歩いてるだけ。印鑑と通帳しまってるとこは別でわかりにくいから大丈夫だった」
「つうことは目的はわからずか……」

 普通の空き巣なら家族のひとりだけを狙ったりはしないものだ。杏里もそれは理解しているようで、目元を手で覆うと「今は特に変な奴もいねえと思ったんだけどなぁ」と呻く。さすが慣れている者は言うことが違う。
 それでふとひらめいた。

「ちょっと行きてえとこできたわ。杏里出られるか?」
「待ってて」

 一旦家の中へ入り、家族にことわってから身支度をして杏里が戻ってくる。酒匂の上着も持ってきていた。助手席におさまるのを待って車を出す。ナビに地図を出して道を選ぶ。ラッシュの時間帯は過ぎているので、スムーズに目的地に到着した。
 
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