セカンドクライ

ゆれ

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「ちょっと今いろいろあって家に帰れなくてさ、今日だけでいいから泊めてくれねえかな」
「……つっても俺まだ実家なんだけど」
「そうなの? でも俺気にしないし」
「いやお前よくても俺がやだ」

 にべもない。杏里がさっぱりしすぎているので明治のほうが苦笑した。それで酒匂は戦法を変えてくる。

「俺に他にダチいねえの杏里知ってるだろ?」
「知らねえよ、高校出て何年経ったと思ってんだ」
「俺みたいなのに付き合ってくれるのなんて杏里ぐらいだもん。あの頃だってさぁ、いつも気に掛けてくれたの嬉しかったよ。俺には他に頼れる奴いねえんだって、お願い杏里! 今日だけ!」
「……」

 友達の彼女を寝取る男は普通一回目の時点で見限ると思うのだが、その後も縁を切らず、今も正当に断ったというのに食い下がられてちくちくと良心を痛めだしている杏里はそのうち高価な壺やら羽毛布団やら買わされそうで心配になる。知らない者には警戒心が強くても顔見知りになるとハードルがぐっと下がるのだ。
 無論そんな人間じゃないと思っているが、もしもの話で家族の誰かからそんなあやしい相談でも持ちかけられようものなら、呆気なく全財産を差し出してしまうだろう。黙って考え込んでいる細い横顔を見守りながら、一方的に憂いていた明治に不意打ちが襲い掛かる。

「じゃあそっちの彼氏んちでいい! 何でもしますし、お願いできません?」
「…………は」

 しなをつくって己の最大の武器である美貌をこれでもかと有効に使ってくる。拍手のひとつでも送りたい気分だった。目を剥く杏里が何か言おうとくちを開きかけるのを制して明治はうんとはっきり頷く。酒匂がぱあっと顔を綻ばせる。

「オイ七緒、」
「杏里も一緒ならな」
「えっ」

 今日は特に泊まりにくると連絡は受けてなかった。どさくさに紛れて誘いをかける。さあどうする。ニヤニヤとなりゆきを見守る明治に杏里が、裏切り者と言わんばかりの怒った眼を向けてくる。予想外の味方を得た酒匂はおなじ台詞を繰り返した。今度は勝利を確信した表情で。

「杏里、お願い!」






 今夜は何が何でも声を出さない気だなと枕に噛みついて耐える杏里を見あげて明治は唇を撓わせる。無駄な抵抗だ。彼もわかっているのかもしれないが、可憐しいことだった。くぱぁ、と指をひらくとすべらかな頬がカッと熱の色を透かす。新たにローションを足して、またぬくぬくと出し入れを再開する。

「黙ってりゃわかんねえし、あいつもいちいち言わねえよ」
「……って、」
「気にしすぎだわ」

 もともとこの部屋には杏里も住んでいた。ベッドはひとつだが体調を崩したとき用にか使ってない布団が仕舞ってあって、それを酒匂に貸し彼はリビングのソファを本日の寝床にしている。杏里は勿論明治のベッド。そうするとどうなるかは、仲もばらしたのだし理解しているだろう。野暮はしないと思われる。
 あのソファでもセックスしたことがあるのでこうも嫌がるのだ。まさか痕跡が残っているわけじゃなし、丁寧に掃除もして、日々使う場所なので先程も酒匂に貸すまえだって念入りにきれいにした。髪の毛の一本すら落ちてない筈だ。

 この家にきて部屋を見ても「こんなすげえトコ住んでる人とどこで知り合うんだ? 杏里めちゃラッキーじゃん」と軽薄だった酒匂に対し、それがハッテン場である事実が後ろめたいのか杏里はもにょもにょと言葉を濁していた。「内緒」とでも何とでも誤魔化せばいいのに変に真面目で不器用なところがかわいい。
 内側から弱点を押すと薄っぺらい腰がびくびく震えた。すぐになかで達してしまうところも、かわいすぎて食べてしまいたいくらいだ。とけやすい身体はひたひたに濡れてもう殆ど開きかけているというのに、精神はタフにかぶりを振って嬌声を飲み下した。

「はっ、はぁっ……」
「なーんかいつもより感じてねえか」
「……なこと、ねえ」
「もうナカうねって欲しがってるし?」

 指では到底足りないと腹を空かせてねだっている。ぐちゅぐちゅ音を聞かせてやれば杏里は腕で顔を隠してしまった。ヒク、ヒク、と縁がわなないて明治を誘って仕方ない。こちらとしても挿れたいのだが、予定にない外泊だったので彼の準備が終わってない気がして、もうちょっとを繰り返しているうちに二時間が過ぎていた。
 明日は休みじゃない。あんまり中イキさせすぎても仕事に支障をきたすだろう。ゆうべはお楽しみでしたという顔で出勤されるのも困るのだ。ちゃんと元に戻るまでの時間も計算して致さなければ、無差別に事故が起きてしまう。魅力的な恋人をもつ者の贅沢な悩み。

「七緒、なあ、俺くちでやるから、それで」
「いや杏里喉弱えだろ?」
「イラマしなきゃ大丈夫だって」
「んー……」

 なかなかそそられる提案だが、今日の明治には目的があったので張りつけた笑みでまやかした。ぬるうっと抜き出した指でもう一度縁を丹念に、しわのひとつひとつまで伸びるようにローションをまとわせて揉みほぐす。あっと杏里が自分の手の中で悲鳴をあげた。全然こちらにはちいさくしか聞こえないけれど、チラッとドアのほうを見やる。
 
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