セカンドクライ

ゆれ

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「掻い摘むと遺産相続に巻き込まれたみたいで、まあそれ自体はもう話し合いで片が付いてるから」
「何だそれ……あんたはそれでいいのかよ」
「よくはないけど、事を明るみに出したところで思い出せるもんでもないしな。それにこのことと君にフラれたのとは関係ないんだろ?」
「……まあ」
「だから、その、申し訳ない。どうにもできなかった」

 恋人相手でも仕事の話をしていたとは思えず、杏里の反応からもそういう印象を受ける。だとすると一緒に住んでいて、他にどういう会話をしていたのか想像してみるのだが、すくなくとも明治はお世辞にも多趣味な人間ではない。きっとすぐに彼をベッドに引っぱり込んでいたのではないかと笑ってしまった。
 予想していたより傷ついた感じはないけれど、表情を変えないだけかもしれない。言わなくていい事実だったかもしれない。でももしほんのわずかでも気に掛けてくれていたかもしれないから、念のため報告することにした。

「だったらあんたも諦めろよ」

 その台詞で杏里はもうとっくに諦めていたのだと知る。返す刀でズバッと斬り捨てられた気分だ。自分で思っているよりも相手には好かれてないもんだぞ、と頭の中の舞洲が鼻で笑ってくる。顎のラインがくっきりと目立つ横顔をじっと見ながら、それでも明治は反論の言葉をさがす。何も憶えてないのは事実なのに、どうしてこんなにこの子に惹かれるのか不思議だった。
 容姿が好みなのは間違いないが、それだけで毎度ここまで食い下がっていたかというとそうでもない。諦めた恋だっていくつもある。他人のものにまで手を出そうとは思わないし、敢えてさがさずとも相手の嫌いな面を見てしまったりすれば、明治もさっぱりと身を引いた。

 だが杏里は、もう別れているのに自分のものだという思いが消せない。それが経緯を忘れたからというだけなのか自分でもわからない。とにかく執着と呼んで差し支えないほどの恋慕が、狂おしく明治の胸を焦がしてやまないのだ。

「……憶えてるから、実際付き合ってたから君にこだわってるんじゃない」

 こんなことを言うのは薄情かもしれないけれど、正直に曝け出さなければ杏里は納得しないだろうと思った。

「今の俺が、また君に出会ってもう一度好きになっただけだよ」
「――……」

 馬鹿じゃねえのでもキモいでも何でも、杏里が返り事をくれないのでカーッと頬が火照る。これでニヤニヤ見られていたらさすがに幻滅のひとつやふたつしたかもしれないが彼はただまえを向いていた。膝の上で頬杖をつき、物思いをしているような表情でたたずむ。ロールアップして覗いているくるぶしがきれいで、明るいところではそうでもないのに夜の中ではひときわ肌が淡く浮かび上がって見えた。
 ジャングルジムの近くでまたひとつ交渉が成立してふたり連れが公園をあとにする。薄着の季節はアピールが簡単で話が早い。杏里もアウターの袖口は手首まであるがインナーは胸元がかなり深くまで見えそうで、痩せぎすでもない胸元は扇情的なのだが返す返すも全体的に事情を知らないでここにいる感がものすごい。その所為だからなのでは、と思うのだが。

「君って意外とモテないのかな???」
「あんたがいるからだろ」
「……あの、」

 言ったそばから声を掛けられ、焦ったのだがなんと明治にだった。無論お断り一択だ。というか座っているほうが紛らわしいのだが募集してない。やっつけるまえにとゲラゲラ笑っていると、誰かが突撃するのを待っていたとばかりにもうひとり男が現れて、そちらは杏里に寄っていき「タチもできませんか? ダメですか?」ともじもじしながら尋ねる。
 なるほどたしかに杏里は男前だ。背も高くて大柄。でもそういう問題じゃない。本人だってこうして『タチ募集』の場所に座っているというのに。

「ダメに決まってんだろこいつガチネコだわ」
「え……」
「ちょっと、」
 決めつけられて美貌がむっとする。

「つうか俺のどこがネコに見えるって? てめえの目は節穴か? あ?」
「み、見えません、すみません……っ」

 明治に声を掛けた男も杏里に声を掛けた男も、水を掛けられた野良猫のようにぴゃっと逃げていった。邪魔者は消えたし、いざ、と振り返れば肝心の杏里がいない。見回すと公園を出ていくところだった。追いかけたとたん走り始めるので慌てた。
 どこへ向かっているのか、実家の住所とは別方向で気になったが今は黒い背中を見失わないよう、ついていくので必死だ。若い頃は体力お化けだったけれど煙草とアルコールに毒された三十路の身体は重く、いくら気を若く保っていたところで老化現象からは逃れられない。そんな悲しいお知らせは受け取りたくなかった。

「ちょ、鴫宮くん、待って、……オイ待てって、俺オッサンだから、走るとすぐ息きれんだって!」
「……そうやって」
「うわ、」
 突然ぴたっと立ち止まるのでぶつかりそうになる。杏里はもとよりすこしつり気味の眦をより引き絞るように険しい目つきで明治を睨むと、これでもかと感情のこもった口調で唸った。

「俺オッサンだからとかお前はモテるからとか言って全然そんなんじゃねえの、余裕こいててマジムカつく。内心俺のことガキ扱いして馬鹿にしてんだろ。七緒のそういうとこが嫌いなんだよ!!」
 
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