セカンドクライ

ゆれ

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「うわっ何だこの美人、どストライクだわ。誰? ……報告書??」
「…………明治?」
「え、ちょっと待ってくれマジでタイプなんだけど。……あ、だから調べたのか?」

 厚すぎず薄すぎず均整のとれた体つきと長い腕や脚。華奢で大きな手。細い首にのっかる小ぶりの頭。生まれて一度も色を入れたことのないような無垢な黒髪。念入りなことにそれに彩られる顔面さえも、黒目がちなアーモンドアイズの可愛い正統派の美形。いったいどこへ行けばこんな子と知り合えるのか教えてほしい。
 名前は鴫宮しぎみや杏里というらしい。端麗な容姿にぴったりの可憐な響きにうっとりする。初めのかるいプロフィール欄からページをめくれずにいるといきなり舞洲が横から書類を奪ってきた。しかも明治に「スマホ出せ。私用のやつだ」と言い放ち、次のサービスエリアに勝手に入る。わけがわからない。

 無糖ブラックのホットコーヒーを買ってくるように頼まれたのでそうした。途中振り返ると舞洲は電話をしているようだった。パーマをかけた黒髪をくしゃくしゃと掻きまわすしぐさは苛立っている時の癖だ。何かトラブルに見舞われたのか、仕事のことかと気になる。彼が今手がけている案件は何だったか。ハテと首をひねる。
 自分用にもおなじコーヒーを購入し、チーズドッグと辛めのミントガムも調達して戻ると妙にぐったりしている。

「どうした。死相出てんぞ」
「うるせえ……誰のせいだと思ってんだクソが」
「トラブルか?」
「――とりあえず早く戻ろう」

 スマートフォンを返却されてついでにちょっと画面を見たがめぼしい通知は来てなかった。仕事用のほうには報告がいくつかある。読んで顔を顰めていると舞洲が「保留しとけ。社に戻ってからでいいだろ」と言う。頭に至急の二文字がついてないかぎりはそれもそうなので従った。

 その後も舞洲は絶好調で高速をぶっ飛ばし、予定より20分くらい早く着いたのだが会社とは別方向に進路を取っている。港のすぐ傍にあるハイブランドや国内初出店の話題のショップが入る複合施設に到着し駐車場に車を入れる。市場調査か下見にでも来たのだろうか。なんせ何も説明がないため、ふわふわしたまま彼について建物に足を踏み入れる。
 エスカレーターのほうを指差すのでそちらへ向かい、二階のカフェに立ち寄った。窓際の席へ案内されさっきも飲んでいたのにまたコーヒーを注文する。明治はさすがに飽きるのでフレッシュオレンジジュースにした。何かカロリーのあるものが飲みたい。

 別に休日扱いにしたわけじゃない。ただでさえ明治は昨日まで足止めを食っていて、業務が滞っていそうなのは想像がつくのにどういう時間なのだろうと謎だった。舞洲は気にも留めずタブレットを取り出し自分の仕事をさわっている。近くのテーブルは大体空席で、大型ショッピングモールといえど平日の夕方近くはこんなものらしい。
 タピオカを吸いながら店の外を通りかかった女子高生がぱっと顔を輝かせるのが見えた。ややもせずカフェの入り口に客が現れて、女性店員に何か告げてからまっすぐにこちらへ向かってくる。

「えっ……」

 明治は思わず椅子を鳴らして立ち上がった。気づいた舞洲が、ああとちいさく手を挙げる。

「杏里くん、ごめんな急に呼び出して」
「こんにちは。いえ、休憩ずらしてもらったんで大丈夫です」
「……」
「座れよ明治」

 面倒くさそうに悪友に促されて、視線は目のまえの若者に据えたまま明治はすとんと腰を下ろす。彼は若干の逡巡ののち明治の隣に座ってくれた。これは気のせいじゃなく本当にいい匂いがする。先程の女子高生が見ていたのはきっとこの子だ。衆目を集めるのには慣れているようで、ガン見する明治にも頓着することなく背筋を伸ばしている。
 今風の服装の襟元にピンバッチが付けられていた。ブランドのロゴマークを象っていて、ちいさく非売品の英字も見えたのでそこの店員なのだろうと思われる。彼が働いているからここへ来たようだ。となると舞洲が連絡を取っていたのも、間違いないだろう。

「紹介してくれないのか」
「!」
「はじめまして、明治と申します」

 名刺まで差し出して丁寧にそう名乗ると何故か彼は舞洲を見る。というか写真より本物はさらに男前で見蕩れてしまった。社会人? なんだよな、めちゃくちゃ肌が若いけどだいぶ年下っぽい。

「どういうことっすか」
「ごめん俺にもさっぱりわかんなくて……今日迎えに行ったらもうこれだったんだ」
「? もしかして知り合いでした? すみません、記憶違いかな」

 明治が喋れば喋るほど、端整な顔立ちが曇っていく。初めからにこやかではなかったけれどこれは気になって仕様が無かった。如何せんこちらはお近づきになりたい。下心などありまくっている。明治も大概第一印象は悪くないほうだった筈なのに、彼に対してはまるで通用してなかった。

「ええと、鴫宮さん? 申し訳ありませんが私とはどういった……」
「元彼です」
「えっ」
「杏里くん、それは」
「ていうか七緒……俺のこと憶えてねえの」
 
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