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入谷さんの初恋
04
しおりを挟む小学生になり習い事を始めても、暇な時間は一緒に遊んだしお泊まりや旅行などもしていた。事前に約束を結ばなくとも朝は肩を並べて登校していたのだ。何が変わるんだろうと入谷は謎に思っていたが、その日からは帰りもできるだけ一緒にして、すぐ隣なのだがそうしろと言われ千子を家の門前まで送ることになって、こういうものなんだなと納得した。
映画も買い物もちょっとした外食も、千子の飼い犬の散歩でさえ、以前は姉達もいてわいわいしていたのがそれぞれ成長し、生活の変化に伴って最終的に千子と二人きりが増えた。しかしそう思っていたのは入谷だけで、実は千子の想いに早くから気づいていた姉達が気を利かせてフェードアウトしていったという裏があるのだが。
進学で家を出ようとしていた入谷が遠方の高校を選び、受かったため高校にあがってから徐々に疎遠になって、やがて千子のほうから「他に好きな人が出来た」と別れを切り出された。きまずくなることなく大人になった今も、こうしてつき合いが続いているのは幼馴染みだったからだろう。入谷は、そういうことはあまり気にしないのだがつき合った相手のほうが、これまで絶縁するタイプばかりだった。
なので千子は唯一縁のつながっている元カノだ。結婚したとは聞かないが、わざわざ尋ねることでもない。
「ねー、今度会わせてよ」
「……まあ都合つけば」
と答えながら、入谷はゆるゆる目を逸らした。
千子が両手でティーカップをかかえ、ひとくち付けて、おいしと呟く。睫毛まで淡いのがやわらかな陽光にけぶって、まるで光の粒子を集めて出来ているようだった。青みの強い肌は化粧をしていなくても瑞々しく、頬は薔薇色ににじんでいる。年を取るどころか年々若返っているようで、魔女だな、と口には出さないがいつも思う。
全体的に色素のうすい千子は西洋人形めかしていて子どもの頃なんて姉達の格好のおもちゃだった。髪を結ったり服を着せたり、化粧をしたり。初めはガッツのあることに弟で遊んでいたのだが激しい抵抗に遭った挙句「だいっきらい!!」と言い放たれて、さしもの猛者どももしぶしぶターゲットを替えたのだ。
「楽しみ」
うふふと笑う千子が何を考えているのか、入谷には昔からよくわからない。
「あっこれすごく美味しい」
今日何度目か知れない言葉を吐くと、唯織は心底幸せそうに目をとじてくちのなかの料理をむぐむぐと味わう。
値段と味は必ずしも比例するとは限らないが値段なりに間違いはないと思っている。ひと月ぶりぐらいで唯織がこちらへ出てきてくれるというので入谷は、テレビで見たのか雑誌で知ったのか、はたまた口コミか、以前から彼女が行きたいとこぼしていたレストランをすかさず予約した。
営業の友人がたまたまよく使う店だったので、そのツテを利用してなんとか日付を合わせることができ持つべきものは友だなとしみじみ思う。頼むとき「お前まさかコレか? コレなのか??」とかれがずいずい突きつけてきた小指を曲がってはいけない方向へ曲げようとしたのは、思いとどまっておいて本当によかった。あとで感謝のメールでもしておこう。
それはちょっとカロリーが、夕食はすくなめだから、などと決して言わない。接客業だからか清潔に切り揃えるだけで爪をごてごてと飾り付けない。でもつないだ手がすこし荒れていることは、恥ずかしそうにしていた唯織が可愛くて、うっかりじかに言ってやしないか心配になる。
別に悪口ではないから言ってもいいのかもしれないが、がらじゃない気がして。それに大人げないとは思うのだが自分ばかりが惚れ込んでいるようなのも、やっぱりなんだか悔しかった。元はと言えば唯織から始まった関係にもかかわらず。
「入谷さんお仕事は?」
「まあまあかな」
如何せん月単位で周期があるので、年単位の忙しさが押し寄せてきてもあまり感じない、と思うのだがそれは他人に言わせると「入谷さんだから」ということらしかった。
「唯織は?」
「これからちょっと忙しくなるかな~って感じみたいです」
紅葉から年末年始までを田舎で過ごしたい人はわりあい多いようで、知人だったり小中の同級生だったりも、中には縁故でわざわざ利用してくれるのだとか。まだまだ失敗のほうが多くて、ちょっとした愚痴も交えつつ面白おかしく話してくれる様子からも、唯織が楽しんで働いているのがよくわかる。
おおきな旅館やホテルが軒並み早めの予約で埋まるためおこぼれに与かれるという事情もあってか、さすがにシーズンが終わるまでは唯織とて戦力に数えられてしまうようだった。クリスマスも正月もないと考えたほうがいいだろう。それは仕方ないけれど。
(入谷さん、ね)
未だに唯織はそう呼ぶ。
初めは入谷もむきになって名前で呼ばせようとしたものだったが、ただでさえまあまあ年の差があって会社でも先輩社員だったのでそう簡単には直らない。結婚したら、おなじ苗字になったら観念するだろうか。
「あ、ちょっとごめんなさい」
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