最終的には球体になる

ゆれ

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 これしか作れないと前置きして出てきたのはカルボナーラだった。パンとサラダと、とてもシンプルな食事はけれど一生忘れられないほど美味しかった。そのあとビールが出てきてワインが出てきて、キッチンを借りてつまみを作らせてもらうと「とっておきのがある」と、既に酩酊だった入谷が上機嫌でいいワインを出してきて、あとはあやふやだ。

 慎重にグラスを床に置く。ついでに腕時計で時間を確認すると午前零時を越えたところだった、このまま寝ていたら、風邪を引くんじゃないかと思ってとりあえず唯織は、かぶさっている入谷の肩をそっと揺すってみた。

「入谷さん、入谷さんってば」
「んん……」

 唯織の胸に、思いっきり顔をうずめている入谷がくぐもった声を洩らして身じろぐ。

「起きてください」
「……なに……」

 顔を上げようとして手をついたところがちょうど胸の上で、かるく揉むような格好になったけれど別に無意識なので怒らなかった。これまでの二人の彼氏も唯織のこれが大好きで、親密なのをいいことに散々好きなようにされてきた。友人たちにも、「あんたはいいよね~武器あって」と言われ続けてきたのだ。

 しかし今度ばかりは仇となった。偶然にも、与太話に耽る男性社員たちの輪に珍しくいて、入谷が「巨乳は無理」と吐き捨てたのを聞いてしまった。そこまで大きいつもりはないけれどあまりのショックに、人生初のダイエットを決意し、悪いことにその所為でアンダーバストだけ落ちてしまって、結果的に余計胸がおおきくなったように見えるという負のスパイラルに陥った。

 実際唯織は大学で地元を出るまで自分がそうだとは思っていなかった。姉のほうがおおきかったし、唯織の生まれ育ったあたりは女性は何故かみんな胸が豊かだったのだ。上には上がたくさんいた。食文化の所為か気候か、何なのか、友人に話すとものすごく羨ましがられたけれど。

 寝起きが悪いのか血圧が低いのか、入谷の動きは鈍かった。胸を掴んだまましばらく唯織を眺めて、のろのろと体を起こす。謝らないのはやはりその手に意図がないからだろう、唯織もどうも思わず、頭をわしわしと掻くのを見ていた。着たまま横になっていたので唯織のスーツは皺がよっていた。
 もう袖を通す機会もないので、まあいいかと息を吐いて唯織も起き上がろうとした。

「あら?」

 入谷が、また覆いかぶさっている。
 あっという間によくできた顔が近づいてきて、くちびるがふれる。掠めたと思うとすぐぬるりとなめらかな粘膜の感触が訪れ、唯織の舌をからめとっていく。吸い上げられる。

 かすかな水音と逆に荒れた呼吸の音。ソファの座面に後頭部を押し付けるようにしてキスを受け止めていると気付けば、膝を割られているのだ。あの『経理の入谷さん』に。
 混乱して、ぼんやりと反応の薄い唯織を入谷が訝しげに覗き込む。

「大丈夫か? まさか、初めてとか言わねーよな」
「いえ、それは」
「……っそ」
 自分から訊いたくせ入谷の返事はとげを孕んでいる。

「や、やってくれるんですか」
「お前……この状況でそれ要る?」

 げんなりと表情を崩して、今の今まで情熱的にくちづけてくれていたとは思えないほど冷めた眼でみられて、やっぱりなしになったかなとおずおず見遣る。入谷は、眩しいものでも前にしたように目を細めていた。
 節の長いきれいなしろい指が唯織のスーツのボタンを外し、シャツの喉元にあがってくる。躊躇いが窺えて唯織はそれを宙で掴んだ。

「放せよ」
「あの、下だけでいいんで」
「はあ?」
「……あ、わたし自分で脱ぎます」

 言うなりボックスプリーツのスカートの裾に手を差し込もうとした唯織を今度は入谷が、つかまえて制止する。

「何? 高頭さんほんとにセックスしたことある? ムードとか気にしろよすくなくても俺はそうなんだよ」
「でも入谷さん巨乳嫌いって……」

 見たら普通は勃つけど、萎えるんだったら困る。この場合どうすればいいのか。
 しばらく考えて唯織は急にぽんと手を打った。

「舐めます。わたし」
「…………俺の話きいてた?」
「下手かもしれませんけど、一生懸命やります」
「……――」

 何か言いかけた入谷が、しかしその先を続けることはなかった。唯織から降り完全にソファに座ってしまう。
 一抹の寂しさを感じたがしらんふりをして、床に降りてラグの上にぺたんと座り込む。そして入谷の、長い脚に控えめに手をかけ、払いのけられなかったのであわいに入って居場所を決めた。唯織の喉が、ごくりと鳴る。

 手順はおぼろげに憶えている。前彼がしてほしがって、入念に教えられたのだ。ボトムのジッパーに手をかけようとして入谷が私服に着替えているのに気が付く。いつだろうと首をかしげながら、ごそごそ前を寛げて未だおとなしくしているものをそっと手に取った。

「……っ」
「ご、ごめんなさい」

 指先のつめたさにびくりと反応したが、育つ気配はない。まずは先端から根元までストロークを行き来する。優しくこすってあげる。
 
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