初恋の実が落ちたら

ゆれ

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虎次と慶

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 先に結婚しても気持ちはついてくるのだろうか。離れていても大切にできるなら、傍にいる必要はないかもしれない。もし記事にでもされてしまえば、否ふたりは悪いことをしているわけじゃない。ただ真摯に互いを求めていただけだ。その結果として子どもを授かっただけなのだ。

「いいのかな」
「何が」
「俺らふたりとも、いい親とか知らねえ」

 虎次の家はどちらもあまり居着かず、年が離れているのをいいことに竜太にほぼ弟妹の世話を丸投げしていた。彼がいなくなれば責任をなすりつけ合って住居を別にしている。生活費こそ寄越すけれど、祖父が体調を崩しても様子見にもこないのだからとてもじゃないが手本になどならない。

 片や慶の家は身籠ったとわかった途端に男に捨てられた女が母親だったため、育児になどまるで関心がなかったらしい。見かねた同僚のホステスたちがかわりばんこに面倒を見てくれていた。御蔭で自立心とそのすべを早くに学べたのはむしろ有り難かったと笑って話すが、母親が新しい男を連れて帰ってくるたび家から追い出され、抵抗して喧嘩して、子どもの眼にもその姿は痛々しくて、慶もうちの子になればいいのにと虎次はいつも思っていたものだった。

 それが実現しようとしている、と考えれば、すこしは前向きに捉えられそうなのだが。如何せん他の問題が無視できない大きさで、視界の端に見え隠れしていた。

「それは子どもが決めることなんじゃねぇの」
「!」
「ああはならねえように努力するってことだ。俺は、父親になる権利捨てたりしねぇ」
「……慶」
「虎次もこの子も、幸せにするから」

 ももが、竜太が、生きていたら何と言っただろうか。存在しない未来だった可能性のほうが高い気がするけれど、やっぱり驚いて、祝福してくれていたと思いたい。到底許せることじゃない。悔しいし、恨んでもいるが、危害を加えるつもりはもうなかった。自分ひとりの人生ではないとわかったから。大切なひとたちのために、理性を保つべきだった。
 知らないうちに零れ落ちていた涙を、慶の指が優しく掬いとる。虎次から唇を寄せて、より特別な存在になって初めてのキスを捧げる。最初の共同作業は祖父に妊娠と結婚を報告することだ。昔よりはだいぶ衰えが感じられるとはいえまだまだ矍鑠としている。もしひと勝負挑まなければならなくなったら、助太刀くらいは、許してくれるかなと思いながら、すこし久し振りの甘い時間にうっとりと酔い痴れる。

「俺も、お前とこの子を幸せにする」
「うん」
「慶が好きだ!」
「……っ」

 もう人にはとても言えないことまでしている仲なのに、これくらいで耳まで赤くする。なんだか予想を裏切られてばかりだ。慶を知り尽くすより先に一生を終えてしまいそうで、途方もなくて、楽しみで、嬉しい。

 それは遅れて来た初恋の感覚に違いなかった。

「なあ、ちゃんと生まれたら、メンバーには報告できねぇかな」
「あー……どうだろ。社長にもきちんと筋通さねえとだし」
「……嫌なの?」

 思いの外色よい返事が来ないことに虎次がおずおずそう尋ねると、慶はつつーっとわざとらしく目を逸らす。ハーフアップの陰で白い耳が色づいている。今そんなに照れるようなことを言っただろうか。自覚の無い虎次はますます首を傾げる。

「慶?」
「や、そういうんじゃねーから」
「じゃあなんで。びっくりさせようぜ」
「つうか……たぶん、あーやっぱりな~って言われるだけ、だと思う……」
「えー、どこが?」

 お前のそういうとこに救われてるわ、なんて一方的に感謝されても、腑に落ちないものは腑に落ちない。



 
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