初恋の実が落ちたら

ゆれ

文字の大きさ
上 下
33 / 38
虎次と慶

07

しおりを挟む
 
 普通に男としてモテは羨ましい。くちを尖らせる虎次に「お前くらいになると近寄り難いからな」と配慮も忘れないのだから完璧だ。業界内でもタレントの誰とかとアイドルの誰とかが狙っているとかいないとか。性別問わず友達もたくさんいる。
 そういう男をいつまでも自分に縛りつけていていいのだろうか。もものことがあっても、悲しい話だがこれ以上の発展はもう望めないのだから、やはり虎次がくっついて面倒をかけ続けていいとは思えない。しかしおなじグループに所属しているかぎり、距離を置くのは難しい。

(いやじゃないのに)

 それなのに離れることを考えるのは、心に背いて苦しかった。かといって忘れ去ることもできない。竜太とももの事故以来ずっと頭の片隅にこびりついて、絶えず虎次の思考にしみを落とす。どうすればいいのか正解もないような、途方もないだけの逡巡。寝てばかりなのはその間だけは解放される所為なのだろうかと今ひらめいた。
 頭を使うのは得意じゃないのに。そっと溜め息をかみ殺していると、前方でぼそっと運転手の声がする。

「――ついてきてますね」
「えっ」

 マネージャーがシートの肩から後方を確認する。ぎゅっと眉根が寄るのを虎次は寝ぼけ眼で眺めた。

「ファン?」
「いや、そんな感じでは……オジサンですよ」
「記者ですかね?」

 どちらかか、或いは両方に張り付いて、私生活を暴き立てる。
 幾らかはあらかじめ協定を結んでマークを外してもらったり、既に漏れた記事を流出前に買い取ったりしているらしいが、虎次には心当たりがない。すくなくとも家では慶もそうだ。誰かを連れ込んでいる様子は現時点では微塵もない。

「お前、何かしたの?」
「してねーわ」
「じゃあ言い寄られてんじゃね。エゴサしたら何かわかるかも」
「すんなバカ」

 バカなんて本当のことを言われたら腹が立つじゃないか。むっとして、すぐ近くにあった左手をぎゅーっと握り込んでやると慶が痛みに悶える。剣道をしていた虎次は握力が人より強いらしいのだ。特に小指まで使って握るので、存外に白い慶の手首にはかわいそうな丸い痕が残った。

「こいつ……」
「やんのか?」
「おふたりとも、ちょっとベルトしてください」
「え」

 運転手に言われて、シートベルトを締める。ぐんとスピードを上げてバンはすぐ先の角を左折した。
 スタジオの場所はカーナビに出してあるのだが、そちらを見ることは一切なく、法定速度も標識も守って進路を選び取る。ベルトをしろと言ったのは角を曲がる回数を増やしたからだったようだ。

 そうして10分も走っているうちにぴたりと背後についていた黒い軽自動車はいなくなっていた。

「撒いた?」
「たぶん、大丈夫だと思います」
 時間に余裕があったので念のためにコンビニの駐車場に一旦停めて、マネージャーがコーヒーを買ってきたが、それらしい車は入ってこなかった。どうやら成功したらしい。

「すげえな」

 慶が感心したような声を出す。すっかり目が覚めた虎次も、ぱちぱちと軽く手を叩いて若い運転手を褒め讃えた。
 改めてスタジオに向かって出発し、功労者にコーヒーが手渡される。ふわりと鼻先を撫でる匂いは好きだった筈なのに、何故か今は気分じゃなくて虎次は掌でふたをした。

 ふたりとも運転免許は早くに取得したが、通勤手段としては使っていない。特に朝弱い虎次は迎えにきてもらわないと、それこそ事故を起こす可能性が否めないのだ。たまには遠出などもしたいけれど、スケジュールがさせてくれない。苦肉の策で番組の企画として一回だけ実現し、あれはとてもよかったと虎次も慶も気に入っていた。
 だから運転手の技術がかなり高いのはよくわかった。「天職じゃん」と呟いた虎次に、彼は信号待ちで振り返ってこう答える。

「実は昔ちょっとヤンチャしてまして。御蔭で腕があがりました」
「へーえ」

 隣で慶が面白がる。似つかわしくない真面目そうな外見というわけでもないが、他人のそういった話はなかなか聞く機会がない。暇潰しにはもってこいだ。

「普通の車でもレースやってて、それに出たかったんですよね。ライセンス取ればドライバーになれるんですけど」
「そんな車好きなん?」
「はい。あの頃はいろいろイジって音変えたり、毎日のように夜流しましたし、楽しかったなあ」
「いやでも危ないでしょう? 事故になったら困るからやめてくださいね」
「昔の話ですってば」

 釘を刺してくるマネージャーに不服そうに言い返し、ちゃんと方向指示器を出して車線を変更する。すこし走った左折の先の横断歩道で子どもが渡りかけていたので、進入せずに止まってやり過ごす。道交法どおりの運転をしているが、不意にぽつんと低くこぼしたのを虎次は聞き逃さなかった。

「――チンタラ走ってるほうが悪いんだよ」

 急に胸がむかむかした。

 身体の中がビクビクと不穏にざわめき、喉の奥からぐっとせり上がってくる感覚がある。思わずくちを掌で覆った。強く前に傾いだのを不審に思って慶が前に「ちょっと停めろ」と厳しい声で言う。だが折よくスタジオに到着した。
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

家事代行サービスにdomの溺愛は必要ありません!

灯璃
BL
家事代行サービスで働く鏑木(かぶらぎ) 慧(けい)はある日、高級マンションの一室に仕事に向かった。だが、住人の男性は入る事すら拒否し、何故かなかなか中に入れてくれない。 何度かの押し問答の後、なんとか慧は中に入れてもらえる事になった。だが、男性からは冷たくオレの部屋には入るなと言われてしまう。 仕方ないと気にせず仕事をし、気が重いまま次の日も訪れると、昨日とは打って変わって男性、秋水(しゅうすい) 龍士郎(りゅうしろう)は慧の料理を褒めた。 思ったより悪い人ではないのかもと慧が思った時、彼がdom、支配する側の人間だという事に気づいてしまう。subである慧は彼と一定の距離を置こうとするがーー。 みたいな、ゆるいdom/subユニバース。ふんわり過ぎてdom/subユニバースにする必要あったのかとか疑問に思ってはいけない。 ※完結しました!ありがとうございました!

同僚に密室に連れ込まれてイケナイ状況です

暗黒神ゼブラ
BL
今日僕は同僚にごはんに誘われました

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

イケメンモデルと新人マネージャーが結ばれるまでの話

タタミ
BL
新坂真澄…27歳。トップモデル。端正な顔立ちと抜群のスタイルでブレイク中。瀬戸のことが好きだが、隠している。 瀬戸幸人…24歳。マネージャー。最近新坂の担当になった社会人2年目。新坂に仲良くしてもらって懐いているが、好意には気付いていない。 笹川尚也…27歳。チーフマネージャー。新坂とは学生時代からの友人関係。新坂のことは大抵なんでも分かる。

ヤクザの若頭は、年の離れた婚約者が可愛くて仕方がない

絹乃
恋愛
ヤクザの若頭の花隈(はなくま)には、婚約者がいる。十七歳下の少女で組長の一人娘である月葉(つきは)だ。保護者代わりの花隈は月葉のことをとても可愛がっているが、もちろん恋ではない。強面ヤクザと年の離れたお嬢さまの、恋に発展する前の、もどかしくドキドキするお話。

オメガなパパとぼくの話

キサラギムツキ
BL
タイトルのままオメガなパパと息子の日常話。

噛痕に思う

阿沙🌷
BL
αのイオに執着されているβのキバは最近、思うことがある。じゃれ合っているとイオが噛み付いてくるのだ。痛む傷跡にどことなく関係もギクシャクしてくる。そんななか、彼の悪癖の理由を知って――。 ✿オメガバースもの掌編二本作。 (『ride』は2021年3月28日に追加します)

初体験

nano ひにゃ
BL
23才性体験ゼロの好一朗が、友人のすすめで年上で優しい男と付き合い始める。

処理中です...