初恋の実が落ちたら

ゆれ

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月翔と小雨

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「会いたい人にはいつでも会えてるし、そこまでして傍にいたい相手なんて、今のところいない」
「まあ、若いですしね」
「うーん年齢が関係あるかどうかは知らないけど」

 だって同い年なのに獅勇は見つけている。月翔も、いないからこうなだけで、もしめぼしい相手がいれば歳は理由にしなかったと思う。稼ぎもあるので相手は何なら無職だってかまわなかった。料理がうまければ尚いい。さすがに未成年は論外だが、それでも充分ゾーンは広いと言えるだろう。

 ずっと、本当にずっと獅勇と一緒にいた。だから誰かといる楽しさや心地よさはとっくに識っている。孤高はどちらかと言えば好ましくない状態で、知り合った人には気さくに接したいし接してほしいたちだった。なまじ顔が整っていて人見知りするタイプなため、最初は怖がられることのほうが多いのは嬉しくない誤解だ。慣れると結構面白いと言ってもらえる。
 しかし大人になって人見知りも何もないよな、とは自分でも折に触れ思っていた。芸能界なんて顔の広さが物を言うフィールドにいて、その上わりと売れているとこの性質は裏目に出ることのほうが圧倒的に多い。お高くとまっていると曲解されてしまうのだ。

 その点このバーテンダーは初見の客からもすぐに好みを聞きだし、人懐こく世間話をするうちに名前も教えてもらって、しかも全部ちゃんと憶えているのだから凄まじい能力だった。「専門分野に特化してるだけですよ」と謙遜するが、月翔が台本を憶えるのとはまた異なる記憶力の使い方のように思う。
 なんでもプロはそう呼ばれるだけの根拠があるらしい。ここまでできてベータだというのだから、第二性と職能は因果関係にないという論説は正しいのではないかと思ってしまう。

「でも俺、オメガにはあんま会ったことないんだけど、そんないいのかなあ」

 同業者でもアルファはいてもオメガはそうそういなかった。万が一急なヒートを起こして大御所でも誘惑しようものなら大事になるのでそれもそうなのだが、裏方の人達でもお偉方でも見たことがなく、唯一知っているのがグループの脱退した元リーダーだった。だが彼も制約上服薬でヒートをコントロールしていたらしいので、そう偽っていた通りにベータだとばかり思い込んでいた。

 過去に関係した相手もほぼアルファかベータ。だから恐らく獅勇もその物珍しさにスルーできなかったのではないかと踏んでいる。本人に言いはしないが、可能性はなくはない。年頃だしたまにそういう方面の話は周囲でも出てくるのだけれど、男アルファがオメガのセックスを知ろうとする場合、男オメガを見繕わなければならないというハードルの高さに月翔は今ひとつ抵抗を隠しきれなかった。

 さすがに親しい仲にも礼儀はある。「オメガのセックスってそんなにいいの?」とは獅勇に訊けない。嫌われたくない。だがオメガにあって月翔に無いものというと、そのくらいしか心当たりがないのだ。だから俺の順位は二番目以降に繰り下げられたんだろ? そうと言ってくれ。それならまだ納得できるから。
 あたかも強い酒のように水を呷って、口端からこぼれたものを高級服の袖で無造作にぐいと拭う。完全にたちの悪い酔っ払いだなと自分でも苦んでいると、視界の隅にゆらりと男が食い込んできた。

 180センチをすこし超える月翔よりもさらに数センチくらい上背のある、しかし線の細いすらりとした長身にのっかる顔は若干眦のさがった大きな目が印象的な美形だ。唇のすぐ近くに小さなほくろがあるのが婀娜っぽい。健康的に日焼けして、ほぼほぼ日光と縁のない吸血鬼みたいな生活をしている月翔には眩しいほど爽やかな笑顔に、瞬く間に眸をさらわれた。

「よかったら一緒に飲みませんか?」
「は? ……ああ、どうぞ」
「ずいぶんお強いんですね」

 隣席を許したがすこし観察されていたようだとわかって密かに警戒レベルを引き上げる。壁際に陣取っていたひとり客だ。月翔について多少情報を持っている相手かもしれない。まあアイドルなんてしていて、1ミリも邪念のない人間と知り合うのは殆ど不可能と言ってよかった。鳴かず飛ばずならまだしも。

「好きなの飲んでください。奢りますよ俺」

 試すようにそう言ってみると、男はまた白い歯を見せて「ありがとうございます」とほほ笑んだあと「実はあまり強くないんです」と片目をつむった。手にしているカシスオレンジのグラスは半分ほど残っているけれど、既に結構ふわふわした状態らしい。
 初対面の相手とこれから飲もうというのに自分の耐性の弱さを暴露するとは。危機管理能力が低すぎやしないだろうか。もし月翔が悪人だったらどうするのだろう。ニヤニヤ見ていると気が付いて男がひょいと片方眉を上げる。

「楽しそうだね」
「いくつ?」
「今年で32だよ」
「えっ」

 よもや六つも年上だったとは予想外すぎて率直な反応をしてしまった。男はそれに慣れているのか、唇を閉じて静かにわらう。こう言うのも失礼だがファストファッションに身を包み、無造作系にセットしているのか本当にそうなのか謎だが前髪をおろしているので、大学生か新卒でも通りそうなあどけなさなのだ。目元の可愛さからくるのだろうか。
 
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