9 / 38
千鶴と獅勇
09
しおりを挟む激しすぎる痛みに逆らわず、低く唸り声を洩らすと連動するかのように一気に情報が頭の中に怒涛の勢いで流れ込んできた。御蔭でそれにもまた呻く羽目になる。
「うう……ァッ」
やっと全身をくるんでいた膜がやぶれて剥き出しになった神経に一番早く届いたのは、胎内のとんでもない熱さと、首筋から生まれる鈍い痛みだ。
醒めて初めて今まで意識をあやしくしていたことを知る。空白の多い状態でも、鉄錆の匂いに鼻先を撫でられて徐々におぼろげな感覚が確信に変わってゆく。個人差はあるにせよ経験上ヒート中は曖昧な筈の記憶がこうも鮮明なのは、そうなった理由はひとつしか考えられない。
うなじを噛まれたのだ。というかヒートが、ずっと止まっていたのに復活している。
「……は、っ、アッ、んっ、やっ、あぁっ」
「馴染んだか?」
「しゅ、っう、てめ、……ッんで、かむ、……も、アア!」
誰がどう見たって話したがっている相手を、こうも力一杯揺さぶってくれるなんて鬼畜がすぎる。舌を噛みそうで怖くなり、声も抑えられなくて千鶴は咄嗟に自分の手に歯を立てた。下から見あげていた獅勇が途端に顰め面になる。そんな顔をしても男前で羨ましい。
ずり、ずり、と腹の上を、腰を掴んで前後に動かされる。楽をするなと言いたいのはやまやまだがもう数をこなしたのなら、いっそ過敏になっている性感にはこのゆるい刺激が覿面に効いた。まるで千鶴のためのようだけれど、この体位が好きなのは獅勇もなのだ。なんせ切羽詰まった千鶴の表情を、見あげてつぶさに愉しむことができる。
これは何回目の交合なのだろうか。避妊具のパッケージをさがして首を振る千鶴だったが、どれだけ見てもひとつも落ちてない。現在進行形で己の中に深く入り込んでいる男が、いちいちそれをくずかごに捨てるタイプじゃないともよく識っている。だとすると、さっきからこの律動に合わせて立っている派手な音は、オメガの分泌液以外のものも混ざっていることになってしまう。
なまじ理性を分け与えてもらった所為で絶望のつめたさに取り入られ、硬直する千鶴に獅勇が気づいて顔を寄せてくる。腹筋の力だけで起き上がるなどという離れ業をさらりとやってのけないでほしかった。しかも腹には自分と同等ぐらいの重さの人間を乗せて。
「千鶴?」
「っにしに来たんだよ、いまさら」
「……ああ」
「俺を、ぁ、孕ませて、んっ、復讐か? ……っう、バカ」
このタイミングででかくするなんて10代か。直截的な言葉をくちにしたら最後、こちらはとんでもないことを為出来したと背筋が震えて仕方ないのに。
ヒート中にアルファとセックスして妊娠しないオメガなどいない。もしかするとこれまで止まっていた影響でまだ不完全な可能性もなくはないが、最早あとは薬を飲んで神に祈るしかない。現役トップアイドルが男オメガに子どもを産ませるなどあってはならないスキャンダルだ。関係がばれた時の比じゃなくめった打ちにされるだろう。
揺さぶりが止まったので獅勇の輪郭にそって内壁がやわらかく扱くように撓う。心とは裏腹に体が歓喜しているのが自分でもわかって、その身勝手な浅ましさに泣きたくなる。うまくいかなかったらまた移住だ。仕事もしばらくできないのに貯金があれで足りるかも定かでない。というか本当に無事に産めるのかも何もかも不確かだった。
じんわりと痛覚に呼ばれて目線を下げると、獅勇が関節が浮き出るほどきつく千鶴の指を握り込んでいる。右手の薬指にはずっとリングが通されていた。だからきっと誰か、特別が他にいるんだなと思って、千鶴はのめり込まないようにしていた。
「……ン」
胸の真ん中にくちを付けられて強く肌を吸われる。汗やら何やらで汚れているのであまり顔を近づけないでほしいのに、美貌はかまわずすりすりと愛玩動物みたいに懐いていた。薄い唇のあわいから赤い舌が突き出て、なまっちろい胸元を舐めまわす様子はたとえようもなく淫靡だ。まっすぐに視線を結んで逃さないのも、どこまでも勝気な獅勇の内面を透かして蠱惑的で。
要するに彼自体が千鶴の多大なる弱みなのだ。どう頑張ったって敵わない。きっと何をされたって許してしまうだろう。
今こうして意識のあやふやな間につがいになったことさえも。
「もとはと言えばあんたが勘違いしたんだからな」
「かんちがい……?」
獅勇はそれには返答をせず、繋いだ指をゆっくりと持ち上げる。途中で千鶴の手首を支えるよう持ち替え、かるく曳いて、指先を自分のうなじに触れさせた。
出し抜けにひっぱられて角度が変わり、なかで障りがあった。はん、と油断した声がこぼれて気恥ずかしい。獅勇もちゃんとこういうのは聞いていてニヤニヤ見てくる。
「ああ……さっきもさわったけど、これ傷痕か?」
もっとよく見たいのだが腰が繋がっている所為であまり積極的になれない。襟足を掻き分け、そろそろと指の腹で撫でていると獅勇が目を眇めた。お返しとばかりにゆるく突き上げを受ける。
「千鶴が噛んだんだよ。俺が、こうやって、ヤッてるとき、」
「はぁっ、あっ、……んん、ンッ」
0
お気に入りに追加
123
あなたにおすすめの小説
ポケットのなかの空
三尾
BL
【ある朝、突然、目が見えなくなっていたらどうするだろう?】
大手電機メーカーに勤めるエンジニアの響野(ひびの)は、ある日、原因不明の失明状態で目を覚ました。
取るものも取りあえず向かった病院で、彼は中学時代に同級生だった水元(みずもと)と再会する。
十一年前、響野や友人たちに何も告げることなく転校していった水元は、複雑な家庭の事情を抱えていた。
目の不自由な響野を見かねてサポートを申し出てくれた水元とすごすうちに、友情だけではない感情を抱く響野だが、勇気を出して想いを伝えても「その感情は一時的なもの」と否定されてしまい……?
重い過去を持つ一途な攻め × 不幸に抗(あらが)う男前な受けのお話。
*-‥-‥-‥-‥-‥-‥-‥-*
・性描写のある回には「※」マークが付きます。
・水元視点の番外編もあり。
*-‥-‥-‥-‥-‥-‥-‥-*
※番外編はこちら
『光の部屋、花の下で。』https://www.alphapolis.co.jp/novel/728386436/614893182
共の蓮にて酔い咲う
あのにめっと
BL
神原 蓮華はΩSub向けDom派遣サービス会社の社員である。彼はある日同じ職場の後輩のαSubである新家 縁也がドロップしかける現場に居合わせる。他にDomがいなかったため神原が対応するが、彼はとある事件がきっかけでαSubに対して苦手意識を持っており…。
トラウマ持ちのΩDomとその同僚のαSub
※リバです。
※オメガバースとDom/Subユニバースの設定を独自に融合させております。今作はそれぞれの世界観の予備知識がないと理解しづらいと思われます。ちなみに拙作「そよ風に香る」と同じ世界観ですが、共通の登場人物はいません。
※詳細な性的描写が入る場面はタイトルに「※」を付けています。
※他サイトでも完結済
目が覚めたら、カノジョの兄に迫られていた件
水野七緒
BL
ワケあってクラスメイトの女子と交際中の青野 行春(あおの ゆきはる)。そんな彼が、ある日あわや貞操の危機に。彼を襲ったのは星井夏樹(ほしい なつき)──まさかの、交際中のカノジョの「お兄さん」。だが、どうも様子がおかしくて──
※「目が覚めたら、妹の彼氏とつきあうことになっていた件」の続編(サイドストーリー)です。
※前作を読まなくてもわかるように執筆するつもりですが、前作も読んでいただけると有り難いです。
※エンドは1種類の予定ですが、2種類になるかもしれません。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
【第1部完結】佐藤は汐見と〜7年越しの片想い拗らせリーマンラブ〜
有島
BL
◆社会人+ドシリアス+ヒューマンドラマなアラサー社会人同士のリアル現代ドラマ風BL(MensLove)
甘いハーフのような顔で社内1のナンバーワン営業の美形、佐藤甘冶(さとうかんじ/31)と、純国産和風塩顔の開発部に所属する汐見潮(しおみうしお/33)は同じ会社の異なる部署に在籍している。
ある時をきっかけに【佐藤=砂糖】と【汐見=塩】のコンビ名を頂き、仲の良い同僚として、親友として交流しているが、社内一の独身美形モテ男・佐藤は汐見に長く片想いをしていた。
しかし、その汐見が一昨年、結婚してしまう。
佐藤は断ち切れない想いを胸に秘めたまま、ただの同僚として汐見と一緒にいられる道を選んだが、その矢先、汐見の妻に絡んだとある事件が起きて……
※諸々は『表紙+注意書き』をご覧ください<(_ _)>
平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです
おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの)
BDSM要素はほぼ無し。
甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。
順次スケベパートも追加していきます
幸せの温度
本郷アキ
BL
※ラブ度高めです。直接的な表現もありますので、苦手な方はご注意ください。
まだ産まれたばかりの葉月を置いて、両親は天国の門を叩いた。
俺がしっかりしなきゃ──そう思っていた兄、睦月《むつき》17歳の前に表れたのは、両親の親友だという浅黄陽《あさぎよう》33歳。
陽は本当の家族のように接してくれるけれど、血の繋がりのない偽物の家族は終わりにしなければならない、だってずっと家族じゃいられないでしょ? そんなのただの言い訳。
俺にあんまり触らないで。
俺の気持ちに気付かないで。
……陽の手で触れられるとおかしくなってしまうから。
俺のこと好きでもないのに、どうしてあんなことをしたの? 少しずつ育っていった恋心は、告白前に失恋決定。
家事に育児に翻弄されながら、少しずつ家族の形が出来上がっていく。
そんな中、睦月をストーキングする男が現れて──!?
いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜
きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員
Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。
そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。
初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。
甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。
第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。
※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり)
※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り
初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる