初恋の実が落ちたら

ゆれ

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千鶴と獅勇

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 激しすぎる痛みに逆らわず、低く唸り声を洩らすと連動するかのように一気に情報が頭の中に怒涛の勢いで流れ込んできた。御蔭でそれにもまた呻く羽目になる。

「うう……ァッ」

 やっと全身をくるんでいた膜がやぶれて剥き出しになった神経に一番早く届いたのは、胎内のとんでもない熱さと、首筋から生まれる鈍い痛みだ。
 醒めて初めて今まで意識をあやしくしていたことを知る。空白の多い状態でも、鉄錆の匂いに鼻先を撫でられて徐々におぼろげな感覚が確信に変わってゆく。個人差はあるにせよ経験上ヒート中は曖昧な筈の記憶がこうも鮮明なのは、そうなった理由はひとつしか考えられない。

 うなじを噛まれたのだ。というかヒートが、ずっと止まっていたのに復活している。

「……は、っ、アッ、んっ、やっ、あぁっ」
「馴染んだか?」
「しゅ、っう、てめ、……ッんで、かむ、……も、アア!」

 誰がどう見たって話したがっている相手を、こうも力一杯揺さぶってくれるなんて鬼畜がすぎる。舌を噛みそうで怖くなり、声も抑えられなくて千鶴は咄嗟に自分の手に歯を立てた。下から見あげていた獅勇が途端に顰め面になる。そんな顔をしても男前で羨ましい。

 ずり、ずり、と腹の上を、腰を掴んで前後に動かされる。楽をするなと言いたいのはやまやまだがもう数をこなしたのなら、いっそ過敏になっている性感にはこのゆるい刺激が覿面に効いた。まるで千鶴のためのようだけれど、この体位が好きなのは獅勇もなのだ。なんせ切羽詰まった千鶴の表情を、見あげてつぶさに愉しむことができる。

 これは何回目の交合なのだろうか。避妊具のパッケージをさがして首を振る千鶴だったが、どれだけ見てもひとつも落ちてない。現在進行形で己の中に深く入り込んでいる男が、いちいちそれをくずかごに捨てるタイプじゃないともよく識っている。だとすると、さっきからこの律動に合わせて立っている派手な音は、オメガの分泌液以外のものも混ざっていることになってしまう。

 なまじ理性を分け与えてもらった所為で絶望のつめたさに取り入られ、硬直する千鶴に獅勇が気づいて顔を寄せてくる。腹筋の力だけで起き上がるなどという離れ業をさらりとやってのけないでほしかった。しかも腹には自分と同等ぐらいの重さの人間を乗せて。

「千鶴?」
「っにしに来たんだよ、いまさら」
「……ああ」
「俺を、ぁ、孕ませて、んっ、復讐か? ……っう、バカ」

 このタイミングででかくするなんて10代か。直截的な言葉をくちにしたら最後、こちらはとんでもないことを為出来したと背筋が震えて仕方ないのに。
 ヒート中にアルファとセックスして妊娠しないオメガなどいない。もしかするとこれまで止まっていた影響でまだ不完全な可能性もなくはないが、最早あとは薬を飲んで神に祈るしかない。現役トップアイドルが男オメガに子どもを産ませるなどあってはならないスキャンダルだ。関係がばれた時の比じゃなくめった打ちにされるだろう。

 揺さぶりが止まったので獅勇の輪郭にそって内壁がやわらかく扱くように撓う。心とは裏腹に体が歓喜しているのが自分でもわかって、その身勝手な浅ましさに泣きたくなる。うまくいかなかったらまた移住だ。仕事もしばらくできないのに貯金があれで足りるかも定かでない。というか本当に無事に産めるのかも何もかも不確かだった。

 じんわりと痛覚に呼ばれて目線を下げると、獅勇が関節が浮き出るほどきつく千鶴の指を握り込んでいる。右手の薬指にはずっとリングが通されていた。だからきっと誰か、特別が他にいるんだなと思って、千鶴はのめり込まないようにしていた。

「……ン」

 胸の真ん中にくちを付けられて強く肌を吸われる。汗やら何やらで汚れているのであまり顔を近づけないでほしいのに、美貌はかまわずすりすりと愛玩動物みたいに懐いていた。薄い唇のあわいから赤い舌が突き出て、なまっちろい胸元を舐めまわす様子はたとえようもなく淫靡だ。まっすぐに視線を結んで逃さないのも、どこまでも勝気な獅勇の内面を透かして蠱惑的で。

 要するに彼自体が千鶴の多大なる弱みなのだ。どう頑張ったって敵わない。きっと何をされたって許してしまうだろう。
 今こうして意識のあやふやな間につがいになったことさえも。

「もとはと言えばあんたが勘違いしたんだからな」
「かんちがい……?」

 獅勇はそれには返答をせず、繋いだ指をゆっくりと持ち上げる。途中で千鶴の手首を支えるよう持ち替え、かるく曳いて、指先を自分のうなじに触れさせた。
 出し抜けにひっぱられて角度が変わり、なかで障りがあった。はん、と油断した声がこぼれて気恥ずかしい。獅勇もちゃんとこういうのは聞いていてニヤニヤ見てくる。

「ああ……さっきもさわったけど、これ傷痕か?」

 もっとよく見たいのだが腰が繋がっている所為であまり積極的になれない。襟足を掻き分け、そろそろと指の腹で撫でていると獅勇が目を眇めた。お返しとばかりにゆるく突き上げを受ける。

「千鶴が噛んだんだよ。俺が、こうやって、ヤッてるとき、」
「はぁっ、あっ、……んん、ンッ」
 
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