初恋の実が落ちたら

ゆれ

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千鶴と獅勇

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 推測は無理だとすぐに諦めて千鶴はじかに訊くことにした。考えてもわからないことを考えてもしょうがない。取り敢えず取引先のつもりで応対しようとにこやかな顔で「元気そうだな」と当たり障りのないことを述べてみた。

「千鶴、隣のヤツ知り合い?」
「いや今日たまたま鍋に誘われただけ」
「……は?」
「別に近所付き合いぐらい普通にするだろ」

 と思っていたのは、実のところ千鶴のほうだけだったのだが。今頃何を思われているのだろう。次の作戦でも立てているか、はたまた目が覚めたか、ぜひ後者であってほしいのだけれどさすがに希望的観測だろうか。悪人には見えなかったので、できれば何事もなく元に戻りたい。最悪引っ越しだ。でもこんな利便性のいい物件が他にあるのかどうか。

「髪ぐしゃってんだけど」
「!」
「襲われたんじゃねえのか」

 気が付くと獅勇がキスでもできそうな距離に立ちはだかっていて、びっくりして千鶴は一歩後退した。というか今の刹那で別の発見があってしまった。

「……なんか」
「……千鶴縮んだ?」

 まさにそれだ。四年以上前の記憶では若干だが千鶴のほうが上背があった筈だった。しかし今、目線の高さは釣り合うどころかきもち見あげるように感じられる。獅勇のほうでもそうなのだろう。ニヤリと口角を片方だけ引き上げる意地の悪そうな笑みを浮かべると、美貌の悪魔がさらにあからさまな視線を千鶴の全身に注いでくる。

「ほーん」
「……ンだよ」
「引退してデブったかと思ったが、あんま変わってねえじゃん」
「言っとくけどお前だってあとはもう老ける一方だからな」

 大人になったとちやほやされる時期は残念だがもう終わりを告げた。千鶴が半ば呪いめかして顔の真ん中に突き付けた指先を避けると、獅勇はじわりと表情をかたくしていく。それでやはり彼のほうでも今夜の訪問に目的があるらしいと察した。
 別れた時点では飲酒はまだしてなかったので獅勇が飲めるかどうかは知らないが、一応ビールくらいは冷やしてある。「飲むか?」と誘うとかぶりを振られた。そうなると千鶴もすることがない。

 獅勇の言うとおり部屋は手狭で他に座るところが無いためベッドに腰を据えられても文句はできなかった。はなから客の来訪は想定してない。そして背が高いとどうしてもベッドもでかくなる。つまり部屋自体はひとり暮らしに充分な広さでもベッドの占める割合の問題で狭く感じられてしまうのだ。

 最初は千鶴もそれを考慮して布団を敷く生活にしようと思っていた。しかし掃除の手間やライフサイクルを考えて泣く泣くベッドにしたのだが、結果的にこれは大正解だった。仕事で遅くなっても即寝て体力の回復をはかれる。睡眠、食事の順で優先するのが身体にはいいと何かで読んだ。御蔭で腹がメタボる暇もなく、こうして獅勇と再会しても笑われなかったのだから、よしとしよう。

 ベッドを入れるまではソファも置くつもりでいたのに。憧れのカウチソファ。あれでだらだら飲み食いしながら一日中映画をみたらさぞかしリラックスできそうだ。スプーンで掬ってもらわないといけなくなるかもしれない。そんな埒もない想像に耽っていて千鶴は現実から数ミリほど離れていた。

「千鶴、ヒートはどうしてんだ?」
「……何て?」
「ヒートだわ」
「ああ、来てない」
「え」
「あれからずっと来てねえよ。それがどうかしたか?」

 普通は妊娠でも疑うような会話の流れだがもう何年も経つので別の意味で獅勇が目を見開いている。用件はそれだろうか。隠し子でもいやしないか確認に来たとか? それなら住所を調べた時点でついでにわかりそうなものだが。

「体調悪くなってねえのかよ」
「まったく。職場の健診でも引っ掛かったことないし、もう俺このままベータになんじゃねえかって」
「ンなわけねえだろ!」
「……あ、ああ、だよな」

 急に声を荒らげるので今度は千鶴のほうが驚いた。どこが癇に障ったのかよくわからない。獅勇はばつ悪そうにちいさく舌打ちすると、座る位置をすこしずらす。横に来いという意図を感じ取引先なのでおとなしく従った。この部屋に運び込める一番大きなベッドを選んだにもかかわらず、やはり同サイズの男がもうひとり増えると広くはない。

 獅勇の部屋はかなり広かった。既に引っ越してはいるのだろうが、セキュリティも万全で夜景が美しく、高層階なのでバスルームからも楽しめて最高だった。さすが事務所の稼ぎ頭は違うなあとからかいもしたけれど、家主より長々と堪能して呆れられたほどだった。
 それが今では狭いバスタブに詰め込まれ、窮屈な体勢ながらも気絶しそうになり慌てて跳ね起きる。人生って一瞬先には何が起こるか本当にわからないものだと思い知らされる。危ない橋を渡っていた自覚は勿論あったけれど、案外大丈夫なように錯覚してしまったのだ。

「一回医者にもかかったけど、つがいもいねえし原因不明って……」
「そう言われたのか」
「お、おん」

 ぐっと肩を握り込まれ、ひたと見据えてくるので気恥ずかしくてカーッと頬が火照った。アイドルだった頃からおなじグループのメンバーで事務所でも後輩だというのに普通に顔が良すぎて直視できないのでまいる。たぶん造作の美しさでなら他にも優れたひとはいるのかもしれないが、獅勇のこの顔面がひたすら千鶴の好みど真ん中なのだ。
 
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