初恋の実が落ちたら

ゆれ

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千鶴と獅勇

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 その男女は数年前にも一度熱愛が報じられたふたりだった。そして千鶴も、同時期に関係が発覚したため勝手に同志だと思い込んでいたのだけれど、彼らは晴れて周囲の説得と同意をクリアして家族になったらしい。羨ましいような恨めしいような、面識もないのにそんなことを思われても困るだろうが、複雑な気持ちで関係者各位に送られたという直筆FAXの映像を眺める。

 もし、あんなふうに大騒ぎにならなかったとして、自分がこうしてめでたい報告を主にファンのみんなにしていたとは千鶴にはどうしても思えなかった。今も胸の内を占めているのはやっぱり男と女だと違うなあという後ろ向きな感想だけで。ローテーブルに放置されているからのピルケースにそっと視線を這わせる。皮肉なことに、どういうわけかヒートがぴたりと止まった今のほうが、世間を欺いていたあの頃よりうんとベータめかしている。

 男女とは別に存在する第二性。中でも千鶴は、男女関係なく孕む性であるオメガと呼ばれるいきものだ。三ヶ月に一回やってくる発情期にフェロモンを発してアルファと呼ばれる人々を惹きつける。千鶴の相手もこのアルファだ。そして彼は、獅勇しゅうは、おなじアイドルグループに所属するメンバーだった。

 質の良いフェロモン抑制剤が開発され、徐々に社会進出が認められるようになったとはいえまだまだオメガに対する軽視や蔑視、偏見は根深い。企業では複数人のオメガを雇い入れると特別手当が国から出るくらいだ。当然それは芸能界だろうと懸念されていて、事務所はグループを編成するにあたり世間からの風当たりを考えて千鶴の第二性をベータと偽って売り出した。
 獅勇はアルファの中のアルファらしく何でも卒なくこなし、派手な美形であることも手伝って一番人気の最年少メンバー。片や千鶴は最も早く事務所入りしていたこともあり最年長のいじられ系リーダー。バラエティ番組でも何かと対比され笑いの種にされて、実際は四つしか年齢が違わないにもかかわらずまるでおじいちゃんみたいに扱われていた。

 他にもっと歳が近くて仲の良いメンバーがいたため誰にも何もひとつも疑われてはいなかったのだと思う。それだけに、実は千鶴の第二性がオメガとすっぱ抜かれ、獅勇の自宅マンションから一緒に出てきたところを激写されて大騒ぎになった。あらかじめ有事の際の処遇を用意していたかは知らないが事務所の対応は素早く、単体で見てどちらを優先すべきかは明らかだった。千鶴自身も含めて大方の予想通り、年若いアルファを誑かした悪しきオメガであるリーダーが責任を取って脱退し、グループは新メンバーを迎えて、今もトップアイドルの道をひた走り続けている。

 何となく思いを馳せていて、獅勇があの頃の自分とおなじ歳になるのだと気が付いた。千鶴はこの夏に終に20代最後の年に足を踏み入れている。それも実家の母や弟からメッセージを貰うまですっかり忘れていた。アイドルだった時は周囲が気をつかってカウントダウンする勢いで言及してくれていたため、誕生日が普通は大したイベントじゃないのだと知って驚いたものだった。それが今やずぶずぶに365分の1日に馴染みきっている。

(やばい)

 獅勇のことを思い出していたら、心なしか身体が熱くなってきたような気がする。千鶴は彼としか経験がないので比較対象も存在しなかった。10代の早くから芸能活動に没頭していたのもあり彼女ができるほど学校生活に励んでもない。だから、触れてくる手の記憶はいつだって自分とおなじ男の、アルファのそれだった。

 テレビを消して壁際に寄せたベッドに横たわる。上掛けを蹴り避けるとスウェットと下着をずりおろして若干硬くなった性器の濡れた先端にそっと触れる。こちらでは快感を得られないどころか反応もしない男オメガは珍しくないが、千鶴のようにパートナーと出会うまでが長かったり、女性としか付き合ってなかったりするとその限りではなくなる。或いは付き合うアルファの嗜好しだいではオメガからも挿入行為をする場合もあるらしい。

 獅勇は挿入こそするものでしかない根っからのアルファではあったが、ここに触れるのも「千鶴が情けねえツラしてイクの面白えから」と言って躊躇わなかった。御蔭であの秀麗な美貌が紅潮し、汗みずくになりながら追い立ててくる様子まで自身に指をからめるだけで鮮明に思い出せる。分泌液を塗りひろげ、シュッシュとリズミカルに扱きあげて、目をつむって集中する千鶴は無意識に舌なめずりしていた。いつもキスをくれていたからだ。獅勇のあのいやらしく薄い唇。触れ合うと心とろかすようなやわらかさで千鶴を魅了する。

「……ん、……ぁっ、は、あっ」

 呼吸がじわりと熟れて早くなる。安普請なので隣に聞こえないよう、枕を噛んで声を押さえるのだがいつも最終的には啜り泣きめかした嬌声を洩らしてしまう。獅勇にも「アンアンうるせえよ」としょっちゅう揶揄されたっけ。寝てはいたけれど付き合ってはなかったし、況してやつがいでもない不実な関係。それでも千鶴にとっては忘れ難い時間だったのかもしれないと、すべてが明るみに出て壊れてしまってからわかった。
 
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