愛してしまうと思うんだ

ゆれ

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愛してしまうと思うんだ

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「あの人がさ、元彼ってわかってて俺とも連絡先交換したり、送ってくれたりして遠ざけるどころか積極的に近づけんのって、俺にマウント取るためなんだぜ。たぶん」
「……え」
「俺のいるまえで龍とイチャイチャしたいの。不安だから」
「うっそだあ」

 ひとつ、またひとつと歩の若干かさついた指がうすい皮膚に触れ、丁寧に絆創膏を貼っていく。

「お前のそれはけっこう強みなのかも」
「それって?」
「超絶鈍感なとこ」
「失敬な」

 ほいできた、と言われて取り敢えず安心する。猫にでも引っ掻かれたことにすれば誤魔化せるだろう。幸い今は譲渡会待ちの子猫達がいる。ロンロンは今日もすこしだけ、いつも散歩に連れていってくれる職員の手からフードを食べたと聞いて笑みがこぼれた。すこしずつでも回復の見込みが出てきて心底嬉しい。

 迷惑と心配をかけた自覚は一応あったので、歩にもありがとうと伝えた。八色が本当にそう意図しているかはともかく、歩の存在がこのたびまた龍と八色をより深く結びつけてくれたのは間違いない。心の機微には龍自身より目敏いところがあるのだ。ゆうべ発破を掛けてくれたのも、本当に頼もしかった。

「お礼は一発でいいけど?」と言われ、張り切って一発殴ってやった。「たまちゃあん! 龍があ!」と言いつけに行くところまでがセットなので笑い飛ばしておく。一二三は共有スペースでスマートフォンに目を落として、日頃あまり見せないやわらかな笑みを湛えていた。それだけで誰とやり取りしているかすぐに想像がつく。

「みんな色ボケしてるわ……」
「失礼なこと言うな」
「だって昨日親が結婚記念日でさぁ、12時越えたとたん「オシ来い!」っつって腕ひろげた親父に母さんハグされに行って、それ俺にカメラで撮れとか言うわけ。もうこれなんて地獄?!」
「……いいな、幸せそうで」
「ほんとね。とりでもおなじ血が流れてるのよ」
「お、おん……」

 本当に“普通の”家が如何に素晴らしいかは歩を見ているだけでわかる気がする。龍は父親と晩酌など夢のまた夢だと思っているし、現時点で成人したことにもまだ気づかれてないと予想している。何も言われてない。尤も当日は八色と解禁祝いをするのに夢中だったのでお互い様なのかもしれないが、一切触れてこないというのも実の親としてはだいぶナシなのではないかと思う。
 だけどそれだけが人格や人生を決定づけるわけじゃない。今からでも遅くはない。龍がその気になればいつだって、未来は変えることができるのだ。すぐ傍に応援してくれる人もいる。こんなに心強いことはないだろう。

「須恵くん、下で馨子さんが呼んでるよ。元気くん来たみたい」

 宇賀神に呼ばれて寄っていくと彼がうにゅっと顔を顰めた。まえにもおなじことがあったような気がして、ピンときた。馨子の煙草だ。おなじ匂いがする所為で気になるのだろう。今度から貰い煙草も控えるべきかなと思いつつ、調に断って外へ向かう。

「ロンロンもおっさんにしてみれば飯あげやすいんじゃねえの?」
「おっさんにカリカリあげんのかよ」
「イヤそれなんてプレイ? 普通の飯に決まってんじゃん龍」
「事務所で面会するんじゃないのかしら」
「他のお客さんに迷惑だからって」

 今のところ応接スペースは空いているが、無理に上がってきてもらうこともない。犬を連れているからと気を遣ってくれたのだろう。川に飛び込んだのは龍だが三人で捜していたのだし、何なら宇賀神も捜索部隊に入っていた。もう会いたいからだけでも理由なんて充分かもしれない。家族と再会することができて、幸せいっぱいの本来の元気くんに。

「――俺、まだ確定したわけじゃねえけど卒業してもここで働きたいって思ってる」
「いいじゃん!」
「うん、須恵は才能ある気がする」
「まだわかんねえけどな」
「目標をつくるのはいいことだよ」

 打ち明けると八色は「特権で役員に捩じ込んでやるよ」と言ってくれた。実現するしないはさておいてもかっこいいと惚れ直したし、その応援を無下にしない自分でありたいと龍は強く思った。無抵抗で無気力だった頃とは違う。彼と対等でありたいという最大目標のために一歩一歩まえへ進んでいく。

 転んだ場所からやっと起きて立ち上がれたような気がした。そして見回し、目の中に飛び込んできた世界は思っていたよりうんと広く明るく、色鮮やかだった。果てのない暗闇なんかじゃない。変化と可能性に満ちみちたここで、今度こそ、自分の好きな自分になるのだ。

 表通りにある客用の駐車場に白いハコバンが停まっている。新しい首輪を嵌め、ごきげんに尻尾をちらちらさせている元気くんのもとにはしかし先客がいた。鼻と鼻をくっつけてご挨拶をする二匹の犬はまるで以前からの友達みたいに気が合っている。飼い主と話し込んでいる馨子が目鼻をあかくしているのは、アレルギーだけが理由なのだろうか。

「元気くんこんにちは! ロンロンおかえり!」
「っていうか……ねえあれ、」
「めちゃくちゃかわい~~!!!」

 貰えなかった分以上の愛をいつかあのひとにも与えられる。そんな未来を予感している。



 
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