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愛してしまうと思うんだ
03
しおりを挟むまだ全然ちゃんとしてない。やりたいことがようやくうっすらと、目を凝らして見えてきた程度の弱々しい決意だけれど、笑わないで聞いてほしい。ところどころ微熱に掠れた声で訥々と打ち明けた龍に八色は目を見開き、やがて眩しそうに細めるとくしゃっと笑って「いいじゃねえか」と言ってくれた。
そのかわり同棲から半が取れるまでは長い道のりになりそうだ。まずは卒業をちゃんとして、それまでに並行して取れそうな役立つ資格がないかも調べて、必要と余裕があればバイトも増やしたい。急にやる気になってむずむずしていると、信号で一時停車した八色がステアリングに凭れ、覗き込むようにして龍を見つめる。
「残り半分もいずれ寄越すつもりあんだろうな?」
「……も、勿論、香が貰ってくれるなら、の、話だけど」
「オシ。」
約束の証しにと年上の彼氏がくれようとしたチューはどこに人目があるかわからないので辞退させていただいた。次に会う時までキープする旨を付け加えるとあっという間にご機嫌が直る。事務所まで行くとせっかく沈静化した騒動が再燃してもいけないので手前で降ろしてもらって別れた。黒い車が走り去るのを見送り、コンビニで飲み物を調達してから龍は横断歩道を渡る。
喫煙所には馨子がいた。あの事件以来何となく近寄れずにいたのだが、思い切って寄っていくと彼女が唇に煙草を挟んだままニヤニヤしだす。
「須恵くん昨日とおなじ服~~」
「そこスルーしてくださいよ……」
ちゃんと洗濯してくれたし風呂も入った。でもよく考えずとも馨子には起き抜けのさらにかわいそうだった声を聞かれているのだ。言い訳は見苦しいだけかなと遠い目をして、煙草は分けてもらわずに壁に寄り掛かる。
「間に合ったね」
「……あの、黒部さん、もしかして最初から知ってたんです?」
「あ~……まあ。彼ねえ、見た目に似合わず一途っていうか重たい男みたいでさ」
君のことが知りたいって言われた時からもう何となく、付き合っちゃう未来は見えてた気がする。鼻から紫煙を撒いていまさらそんな大暴露をされても、どんな顔をするのが正解なのか龍にはわからなかった。
だから馨子まで歩には罪悪感でいっぱいで、さり気なく「でも彼氏持ちだよ」を語尾の如く唱え続けていた甲斐もむなしく交代してしまった日は、みんなに内緒でサシで飲みに連れていったらしい。その話は知らなかったのでびっくりした。歩は春生まれで誕生日も早く、父の晩酌に付き合うのもあってわりとアルコールには耐性がある。それはさぞかし楽しく過ごしたに違いなかった。と思いたい。
「私はあんまり何も言えないんだけど、できれば酷いことはしないほうが、延いては須恵くんのためっていうか……でも無理ってなったらちゃんと言いなね。痩せ細るまで悩んじゃダメだからね」
「肝に銘じます……」
思っているより自分を見てくれている人は近くにいて、繊細っぽく誤解されているようだ。これでも中身は超合金だと自己申告してまわるべきなのだろうか。取り敢えず、心配は有り難いのでそのように告げ、八色との関係も口外しないでくれたこととこれからも彼の友人でいてくれることをくれぐれもお願いして、ひと足先にビルに入った。
馨子が喫煙所をちょくちょく利用するのはヤニの補充もそうだが例のアレルギーを落ち着かせる目的もあるらしい。外で浴びてそのまま中に入って悶え苦しむ羽目になる場合も多いため大変そうだ。それでも動物カワイイが上回るので、彼女自身は気にしてない。
よれよれと階段を上がって事務所に顔を出すと、いつものメンバーが揃っていた。「お疲れ様でーす」とペコペコ頭を下げながら本日は内勤なのでロッカーに手荷物を預けに行くと、不審な動きで歩が背後に寄ってくる。
「やっほー龍くん」
「おん」
「ゆうべはお楽しみのご様子で」
「!」
誰も聞いちゃいないが何を言いだすのか。バッと勢いよく首を返して、歩も眉を下げているのにおやと思った。
「何」
「ぶっちゃけるとキスマやべえ」
「マジか」
ぱたぱたと適当に喉元を隠したが、よく考えると八色は滅多にそんなものを残さない。一個だけ付いちゃってた事件で懲りていた筈だ。ははーん、これはいつものからかいだな?と危うく騙されそうになって回避したと思いきや、防御力の低いパーカーの襟ぐりから見える肌にすくなくとも三つは散らされているのを、歩が貸してくれたちいさい鏡で確認して気絶しそうになる。
「どっどうしよう俺これ今日面会なのに」
泊まったために隠せるような服に着替えることができなかったのも失敗だった。もしかして下で馨子も気づいていたのだろうか。遅まきでかっかと赤面する龍に、歩が呆れたような切ないような複雑な視線を送っている。タオルを巻くには不自然な季節だがマフラーやネックカバーくらいなら誰か持っているかもしれない。でも屋内ではどのみち違和感が激しいし、客のまえでは取るべきだろう。
なんで今日にかぎっての悪戯なのか。あとで怒りのメッセージを飛ばすことを心のメモにつけてカバンを漁っていると、歩が一旦ロッカーを離れて戻ってくる。手には小箱を持っていた。
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