愛してしまうと思うんだ

ゆれ

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愛してしまうと思うんだ

01

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「すみません、なるべく早く行きますけど何時になるかわからなくて……もしあれだったら黒部さんから先方さんに伝えてもらえますか。……はい、昼までには何とか……あ、そうすか、わかりました這ってでも行きます」

 横たわったまま器用に頭を下げながら、とおるは嗄れてうまく出ない声を何回も咳払いで誤魔化さなければならなかった。馨子にはひょっとすると感づかれているかもしれない。そうだとしても不用意に誰かに話したりは恐らくしない人なので不安はない。気にせずさらっと流してほしかった。
 惨憺たる有り様なのは喉だけじゃない。唇は腫れているし目元も赤くにじんでいる。最も影響が深刻なのは酷使された腰と、一晩中近く押し開かれていた股関節だった。ただ寝ているだけの今もプルプル震えている。

 用を終えたスマートフォンを顔の横に投げ出す。これすら耳にあてているのが重くて仕様が無い。これでもだいぶ力が入るようになったほうなのだ。先程までは指の一本も動かせないくらい疲労に負けて、痩せた身体を見苦しくさらしたまま気絶するように短い眠りに落ちていた。

(歩の奴マジ殺す)

 余計な事しやがって。今回ばかりは入れ知恵の存在を疑わずにいられなかった。どうせ「正常位が嫌いで、トロトロにした時しかさせてくれない」とかなんとか八色やくさに吹き込んだに違いないのだ。でないと平生は優しい彼が、あんなにも嫌がった龍をスルーして立て続けに吐き出し、それ以上絶頂へ押しやって、などという鬼畜の所業をする筈がないのだ。

 今日は元気くんの飼い主が直接お礼を言いたいと犬連れで事務所に来てくれることになっていたのに、寝坊したし起き上がれなかった。学校が休みなのは不幸中の幸いだったけれど、途中休憩や風呂を挟んだとはいえ結局七時間くらい耽ったことと何を言ってもやめてくれなかったことはまだ怒っている。散々な夜だった。

 信じられない。本当に、初めて酷くされて満たされている自分が。はっきり言ってドン引きだ。疲れているのに爽快感がエグい。そしてこんなことは滅多に思わないのだが、愛されたという感じが、まだ身体にありありと残っている。

「うう……」

 俺みたいなものがそんな莫迦な。雰囲気に酔っていて恥ずかしい。いつの間にか汚した寝具もきれいなものに取り替えられているし、身体にも体液のたの字も痕跡がみあたらない。因みに衣服もみあたらなかった。昼までそうのんびりもできるほど猶予がないため、いい加減ベッドの住人くらいは卒業しておきたいのだが。

 どうすれば八色が喜ぶか、何をしてほしいか、殆ど考える余裕も与えられなかった。したいようにしたセックスだからなのか、久し振りだったからか判別がつかないがきもちよかったのは間違いない。最後らへんはトロトロどころかどろどろになっていた。

「おー、起きたか。おはよ」
「おはよう、ございます……」
「ひっでえ声」

 トレーを持って現れた八色にケラケラと笑い飛ばされる。やった人が言うのはどうなんだろうか。太極拳ばりのゆったりとした動きで無理やり起きて顔をしかめる龍に「ほら」とあたためた牛乳を渡してくれる。煙草を喫んでいたのか、黒いシャツに匂いが移っていた。
 他にナッツのかかった軽めのサラダとフレンチトーストが載せられている。コーヒーの香りもするので、それは食後だろうか。食べやすいよう脂っこくないメニューは身体への気遣いが感じられ、ほんのちょっとだけ怒りが勢いを失くす。

こうの手料理ひさしぶり」
「お前ほどうまくはねえけどな」
「女ウケ良さそうなのはあんたのほうがうまい」
「……ゴチャゴチャ言ってねえでいいから食えっつうの」

 いただきます、と手を合わせてから有り難くブランチに手を付けた。

 激しく求め合っていたのが嘘のように、打って変わって穏やかな時間が過ぎていく。ひとくちずつもたもたと食べ進める龍を見守る八色は、こう言うのもなんだが幸せそうで、ベタベタに甘い笑みを浮かべてただの王子様になってしまっている。

(困るなあ)

 何が解決したわけでもないうちから、こうして甘い上澄みだけを味わうのはいけないことだ。世界を味方につけたわけじゃない。しっかりしなきゃ、と真面目に思っているのに長身が隣に移ってきて髪を撫でつけたり、口元を指で拭ったり、頬に鼻先を寄せたりされると途端に駄目になってしまう。
 こんな綺麗な顔してあんな酷いことするなんて。手もくちも留守にしてぽやっとする龍を、かるく小突いて八色が顔を覗き込んでくる。

「ゆうべ凄かったわ。身体も、声も」
「……」
「龍、実は乱暴にされんの好きなんだろ」
「調子乗んなよ……」

 人をM扱いするなと言いたい。痛いのも嫌いだし蔑ろにされるのも我慢ならない。どこに出しても恥ずかしくないノーマルだと胸を張っても、何故か八色の同意は得られなかった。まあ昨夜が盛り上がったのは事実なので、おとなしく食事に戻る。

 そもそも男だから声を出させる側にまわることが多いため、不慣れで呻くような声をあげる場合が多いのだと思うけれど、あっとかはんとか気持ちの悪いものも昨日は洩れていた気がする。歩はふざけて「声だしていこう!」などと嘯くタイプなので参考にならないが他に誰か、何か言われたんだったろうか。いつから押さえ込むようになっていたのかわからない。
 
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