愛してしまうと思うんだ

ゆれ

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一生一緒にいてあげよう

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「……顔良いのやめてほしいんすけど」
「いまさら照れンなよ」
「見るな」
「かーわい、付き合うまえみてぇ」

 どうせ八色はあの頃のうぶなほうが好みで、一年後の自分から上に乗っかるような龍は好きじゃないのだ。フンと外方を向いて押しやると、観念してお邪魔する。勿論靴は脱ぐし足跡がついてしまったところは持っていたハンドタオルで拭っておいた。

 短くはない廊下をまっすぐ歩いていくとリビングダイニングに繋がるドアを開ける。仕切りがないのもあって相当広く感じた。遮光カーテンの向こうが全面窓と思うとだいぶ陽が入る。フロアが高すぎるので安全上外へは出られないらしく、備え付けなのか取り付けたのかわからないがカウンターテーブルと排煙機のある喫煙スペースが一角に設けてあった。

 アイランドキッチンにちいさめのダイニングテーブル。壁に取りつけたテレビをコの字に囲むソファ。奥にはドアがもう一枚あって、その先は寝室になっているらしい。八色が入っていった。
 まえの部屋も充分広かったのにこれは掃除が大変そうだ。段差が殆どないのでロボット掃除機が活躍する。まあそんな心配は俺がすることじゃない。住む人が考える。そろそろと荷物を胸に抱いて歩くと、龍はどこに居ればいいかわからず壁際で立ち尽くした。脱いだジャケットや帽子を片付けてきた八色がそれを見て口角を片方だけ引き上げる。

「借りてきた猫だな」

 自分はポケットから出した煙草を咥えて喫煙スペースへ歩きながら「どこでも座れよ」と言った。まだあまり物がないように見えるのは配置が全部済んでないからなのだろうか。まえの家にあったクッションやマグカップ、あの大きなパンダは、移る際に処分してしまったのだろうか。

「……忙しそうっすね。これから大事な時期じゃないすか」
「まあな」

 何につけそうだろう。初めが肝心。そこで蹴躓くと大きく出遅れることにもなりかねない。注意しすぎるくらいしてもいい肝要なところだ。
 だからちょうどいい理由になる。先程絶妙なパスも貰ったことだ、説得力はあるし誰の損にもならない。龍にとっても、きっと、これもこの先いくつも経験するうちのひとつだ。また新しく始めればいい。

 そのためにはちゃんと終わらなければ。好きだから幸せでいてほしい。結局どこへも座らず立ったまま、うつむいて唇を噛んでいる龍に八色が煙草を消して歩み寄る。近づいてくる足音を聞きながら言葉をさがすけれど、伝えたかった好きはショックに弾け飛んでしまって、とても彼に渡せそうにない。を奪って切り出したのは八色のほうだった。

「こないだ龍言ってたよな。自分はひとりで生きて死ぬってよ」

 無様に八つ当たりした日のことだ。もうその話はよくないかと思いつつ、事実なのでうんと頷く。

「そん時初めて知ったわ。龍の未来図の中に、当然のように俺はいねえんだって」
「……それは」
「正直めちゃくちゃ焦った。だから今のままじゃダメだと思って、事務所入りの話受けることにしたんだわ」

 歌はさすがに才能以前に興味がないので視野に入れず、当面は現在いくつか来ているナレーションのオファーを受けるため、本格的にトレーニングとレッスンをしているらしい。もともと公開収録で司会進行もやらされているのでその方面にも明るい。

 そう言われると鼻歌程度でも八色がうたうのは聞いたことがないかもしれない。龍は人目を気にせず距離を詰めてお喋りができるからと歩としょっちゅう利用していたので、同年代程度にはカラオケにも馴染みがあるけれど。酔っ払ってごきげんな時なら、頼めば案外聞かせてくれたりしないだろうか。意地の悪いたくらみをしながら、離れていた間に八色に起きていた変化に耳を傾ける。

「俺がこれまでモデルやったりデイトレーダーやったり、今のラジオも、とにかく水物の仕事ばっか手ぇ出してたのは家に反抗するためだった。龍には贅沢な悩みに見えるかもしれねえが、俺にとっちゃ苦しくて仕方ない枷だったんだ。案の定どんなことしてるか見もしねえで全然認めやがらねぇし、未だに帰ってこいだのカタい仕事に就けだのうるせえけど、もし親に何かあったら、結局俺は呼び戻されんだと思ってどれも本腰入れてやる気になってなかった」

 八色はたしかひとりっ子だと言っていたような気がする。それなら愛情も過分に与えられそうなものだが、とは龍は思わない。自分もそうだった筈だからだ。何が不興を買ったのか、未だにわからないまま母に嫌われた。

「……初めてお前に会った時、今にも潰れちまいそうだと思ったわ」
「え」
「まだ大して何も知らなかったのにやけに気になって、笑えばいいのにと思った。いつも辛気くせえツラしてよ。大学生なんてみんな飲んで遊んでばっかだと思ってたから、何か厄介事でもかかえてんじゃねえかって勝手に心配して、それが親切心だけでもねえって話していくうちにわかってきた」
「そんなこと思ってたんすか」
「だって塞くんみてえなのが普通だろ。ノリ良くて適度にあしらうのもうまくて、でも龍は物静かで、……なんつうか雰囲気があったんだわ。だから口説いた」
「……」

 改めてそう言われると居心地が悪い。自分の爪先を熱心に見つめる龍を、八色は壁に腕をついて閉じ込める。
 
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