愛してしまうと思うんだ

ゆれ

文字の大きさ
上 下
53 / 69
わらった顔が見たいから

04

しおりを挟む
 
 龍は恋愛や性愛の対象として女性を見ることはないけれど、存外悪い気はしなくて自分でも驚いた。嫌われてしかいないと思っていた。

「うわ龍ニヤニヤしてる~~」
「だってこんな事たぶんもう一生ねえし」
「大袈裟じゃない?」
「いやいや、玉山にももうクズバレしてんじゃん」

 できればそれは解けないでほしかった勘違いだった。そこを譲る気はないようで、秒で表情がこわばるのが悲しくも可笑しい。黙って聞いている宇賀神も一二三の変化を興味深げに見守っている。歩は会話に参加しながらもむしゃむしゃやるのを止めない。そんなに腹が減っていたのなら言えばよかったのに。
 バスケットの中身は小ぶりのクッキーとマフィンだったようだが、かわりばんこに次々と絶え間なく口元に運んでいるのにやはり減った感がなかった。これは光の屈折を利用した錯覚か何か? 仕組みが知りたくて仕様が無い。

「つか俺は別にクズとは思ってねえけどな」
「……え」
「誰だって心変わりくらいするし、しちまったもんはどうしようもないしさ。むしろしたまんま付き合ってるほうが俺はキツいわ」

 他でもない歩がそれを言いだすとは、誰も思ってなかったのでテーブルを沈黙が支配する。八色と三人で話し合った時も似たようなことを言って龍を当惑させたのだが、一年以上が過ぎても未だに彼のこの考えには理解が及ばない。まるで別の種族だと思ってしまう。

 恨まれたり憎まれたり、嫌われて避けられたり、もう二度と歩とは関われないのだと落ち込んでいたのでこうして友人に戻れてどんなに安堵したか、言葉にできなかった。同時にそれは龍ならそうしているという証明でもある。八色と距離を置いている今なんてまさにそれだった。しかもはっきりと彼が心変わりした証拠があるわけでもないのに。

 自分に魅力がないから、ちょっとでも意識が逸れたと感じるとダメージを食らうのかもしれない。またこちらを振り向かせればいいなんて前向きには到底考えられない。ただでさえ何らかの不思議で交際に至れたくらいなのに、奇跡は二回も三回も起こせない。だから有難みがあるのだ。

「好きな子に幸せでいてほしいのはあたりまえだろ」
「そうだね」

 宇賀神がニコニコして頷く。心のどこかがじわっとあたたかく灯る感覚に、龍は懐かしさをおぼえて目を細めた。

「俺なんで歩と付き合ってたか思い出した気がする」
「えっ忘れてたの? それはヒドくね?」
「……理解はできないけど、素敵ね」

 読みはどうやら若干のずれがあったようだ。やはり女の子というものは複雑で、龍には数学くらい難解だった。一二三に褒められて歩は照れている。そうだな、女の子だったら。もっと可憐ないきものだったら、よそ見しないでひとりにしないでずっと一緒にいて、ぐらい言えたかもしれない。迷惑のひとつも、今までかけてないとは言い切れないにしろ、遠慮なくかけて絆を深めていたのかもしれなかった。

 宇賀神に、このたびのことを騒ぎにする気はなさそうだった。音にも万事まるくおさまったことを連絡したので龍は心置きなくアルバイトに行く。休むとは告げてないため平常運転だ。ちょっとまえまでだらけていた分を取り返さなければ。

「家帰ったら一応音にも何か言ってやってな」

 姉を心配するあまり嘘の爆破予告までしたのだ。謝罪なり礼なりひとことくらいあげてほしい。

「そのことなんだけど、あの子がなんで私の部屋に来たのかよくわからなくて」

 険悪でもないがベタベタに仲が良いわけでもない。別に部屋への立ち入り自体は基本的にいつでも自由なのだが、目的もなく覗いたとは思えない。一二三の疑問も尤もだった。朝寝坊で毎日起こしてもらっているという感じでもなかった。泊めてもらった翌朝も音は姉の部屋には一切立ち寄らなかったし、逆に一二三が弟の部屋に来ることもなかった。

 毒物を精製したことと、それが何であるかは音が部屋の痕跡から推理した。一二三に確認するとほぼ当たっているらしい。つまり知識があったことになる。天才ならさもありなん、と龍や歩は納得したのだが彼女は不審がっている。

「音は初めからまったく母の教育は受けてないんだけど、別にそれ以外の方法でも知ることはできるでしょ」
「まあ、そうだよな」

 知りたいことやわかりたいことがあれば調べればいい。現代ではもう検索バーに打ち込みさえすれば、あらゆる知識と情報がざらりと集まってくる。選別するという手間はあれど便利なことこの上ない。ごく普通にそうしていたとして、その場合は調べていたことになる。
 勿論、まったく偶然本で読んだりネットを見たりして得た知識だった可能性もあるけれど。

「……あの子も誰かに毒を盛りたかったりして」
「え」

 動機は愛か金。もし愛なら、俺なのでは。龍はそう気が付いて、ごくりと喉を鳴らした。



 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

年上の恋人は優しい上司

木野葉ゆる
BL
小さな賃貸専門の不動産屋さんに勤める俺の恋人は、年上で優しい上司。 仕事のこととか、日常のこととか、デートのこととか、日記代わりに綴るSS連作。 基本は受け視点(一人称)です。 一日一花BL企画 参加作品も含まれています。 表紙は松下リサ様(@risa_m1012)に描いて頂きました!!ありがとうございます!!!! 完結済みにいたしました。 6月13日、同人誌を発売しました。

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

ダブル シークレットベビー ~御曹司の献身~

菱沼あゆ
恋愛
念願のランプのショップを開いた鞠宮あかり。 だが、開店早々、植え込みに猫とおばあさんを避けた車が突っ込んでくる。 車に乗っていたイケメン、木南青葉はインテリアや雑貨などを輸入している会社の社長で、あかりの店に出入りするようになるが。 あかりには実は、年の離れた弟ということになっている息子がいて――。

漢方薬局「泡影堂」調剤録

珈琲屋
BL
母子家庭苦労人真面目長男(17)× 生活力0放浪癖漢方医(32)の体格差&年の差恋愛(予定)。じりじり片恋。 キヨフミには最近悩みがあった。3歳児と5歳児を抱えての家事と諸々、加えて勉強。父はとうになく、母はいっさい頼りにならず、妹は受験真っ最中だ。この先俺が生き残るには…そうだ、「泡影堂」にいこう。 高校生×漢方医の先生の話をメインに、二人に関わる人々の話を閑話で書いていく予定です。 メイン2章、閑話1章の順で進めていきます。恋愛は非常にゆっくりです。

初体験

nano ひにゃ
BL
23才性体験ゼロの好一朗が、友人のすすめで年上で優しい男と付き合い始める。

家事代行サービスにdomの溺愛は必要ありません!

灯璃
BL
家事代行サービスで働く鏑木(かぶらぎ) 慧(けい)はある日、高級マンションの一室に仕事に向かった。だが、住人の男性は入る事すら拒否し、何故かなかなか中に入れてくれない。 何度かの押し問答の後、なんとか慧は中に入れてもらえる事になった。だが、男性からは冷たくオレの部屋には入るなと言われてしまう。 仕方ないと気にせず仕事をし、気が重いまま次の日も訪れると、昨日とは打って変わって男性、秋水(しゅうすい) 龍士郎(りゅうしろう)は慧の料理を褒めた。 思ったより悪い人ではないのかもと慧が思った時、彼がdom、支配する側の人間だという事に気づいてしまう。subである慧は彼と一定の距離を置こうとするがーー。 みたいな、ゆるいdom/subユニバース。ふんわり過ぎてdom/subユニバースにする必要あったのかとか疑問に思ってはいけない。 ※完結しました!ありがとうございました!

有能社長秘書のマンションでテレワークすることになった平社員の俺

高菜あやめ
BL
【マイペース美形社長秘書×平凡新人営業マン】会社の方針で社員全員リモートワークを義務付けられたが、中途入社二年目の営業・野宮は困っていた。なぜならアパートのインターネットは遅すぎて仕事にならないから。なんとか出社を許可して欲しいと上司に直談判したら、社長の呼び出しをくらってしまい、なりゆきで社長秘書・入江のマンションに居候することに。少し冷たそうでマイペースな入江と、ちょっとビビりな野宮はうまく同居できるだろうか? のんびりほのぼのテレワークしてるリーマンのラブコメディです

処理中です...