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わらった顔が見たいから
04
しおりを挟む龍は恋愛や性愛の対象として女性を見ることはないけれど、存外悪い気はしなくて自分でも驚いた。嫌われてしかいないと思っていた。
「うわ龍ニヤニヤしてる~~」
「だってこんな事たぶんもう一生ねえし」
「大袈裟じゃない?」
「いやいや、玉山にももうクズバレしてんじゃん」
できればそれは解けないでほしかった勘違いだった。そこを譲る気はないようで、秒で表情がこわばるのが悲しくも可笑しい。黙って聞いている宇賀神も一二三の変化を興味深げに見守っている。歩は会話に参加しながらもむしゃむしゃやるのを止めない。そんなに腹が減っていたのなら言えばよかったのに。
バスケットの中身は小ぶりのクッキーとマフィンだったようだが、かわりばんこに次々と絶え間なく口元に運んでいるのにやはり減った感がなかった。これは光の屈折を利用した錯覚か何か? 仕組みが知りたくて仕様が無い。
「つか俺は別にクズとは思ってねえけどな」
「……え」
「誰だって心変わりくらいするし、しちまったもんはどうしようもないしさ。むしろしたまんま付き合ってるほうが俺はキツいわ」
他でもない歩がそれを言いだすとは、誰も思ってなかったのでテーブルを沈黙が支配する。八色と三人で話し合った時も似たようなことを言って龍を当惑させたのだが、一年以上が過ぎても未だに彼のこの考えには理解が及ばない。まるで別の種族だと思ってしまう。
恨まれたり憎まれたり、嫌われて避けられたり、もう二度と歩とは関われないのだと落ち込んでいたのでこうして友人に戻れてどんなに安堵したか、言葉にできなかった。同時にそれは龍ならそうしているという証明でもある。八色と距離を置いている今なんてまさにそれだった。しかもはっきりと彼が心変わりした証拠があるわけでもないのに。
自分に魅力がないから、ちょっとでも意識が逸れたと感じるとダメージを食らうのかもしれない。またこちらを振り向かせればいいなんて前向きには到底考えられない。ただでさえ何らかの不思議で交際に至れたくらいなのに、奇跡は二回も三回も起こせない。だから有難みがあるのだ。
「好きな子に幸せでいてほしいのはあたりまえだろ」
「そうだね」
宇賀神がニコニコして頷く。心のどこかがじわっとあたたかく灯る感覚に、龍は懐かしさをおぼえて目を細めた。
「俺なんで歩と付き合ってたか思い出した気がする」
「えっ忘れてたの? それはヒドくね?」
「……理解はできないけど、素敵ね」
読みはどうやら若干のずれがあったようだ。やはり女の子というものは複雑で、龍には数学くらい難解だった。一二三に褒められて歩は照れている。そうだな、女の子だったら。もっと可憐ないきものだったら、よそ見しないでひとりにしないでずっと一緒にいて、ぐらい言えたかもしれない。迷惑のひとつも、今までかけてないとは言い切れないにしろ、遠慮なくかけて絆を深めていたのかもしれなかった。
宇賀神に、このたびのことを騒ぎにする気はなさそうだった。音にも万事まるくおさまったことを連絡したので龍は心置きなくアルバイトに行く。休むとは告げてないため平常運転だ。ちょっとまえまでだらけていた分を取り返さなければ。
「家帰ったら一応音にも何か言ってやってな」
姉を心配するあまり嘘の爆破予告までしたのだ。謝罪なり礼なりひとことくらいあげてほしい。
「そのことなんだけど、あの子がなんで私の部屋に来たのかよくわからなくて」
険悪でもないがベタベタに仲が良いわけでもない。別に部屋への立ち入り自体は基本的にいつでも自由なのだが、目的もなく覗いたとは思えない。一二三の疑問も尤もだった。朝寝坊で毎日起こしてもらっているという感じでもなかった。泊めてもらった翌朝も音は姉の部屋には一切立ち寄らなかったし、逆に一二三が弟の部屋に来ることもなかった。
毒物を精製したことと、それが何であるかは音が部屋の痕跡から推理した。一二三に確認するとほぼ当たっているらしい。つまり知識があったことになる。天才ならさもありなん、と龍や歩は納得したのだが彼女は不審がっている。
「音は初めからまったく母の教育は受けてないんだけど、別にそれ以外の方法でも知ることはできるでしょ」
「まあ、そうだよな」
知りたいことやわかりたいことがあれば調べればいい。現代ではもう検索バーに打ち込みさえすれば、あらゆる知識と情報がざらりと集まってくる。選別するという手間はあれど便利なことこの上ない。ごく普通にそうしていたとして、その場合は毒物について調べていたことになる。
勿論、まったく偶然本で読んだりネットを見たりして得た知識だった可能性もあるけれど。
「……あの子も誰かに毒を盛りたかったりして」
「え」
動機は愛か金。もし愛なら、俺なのでは。龍はそう気が付いて、ごくりと喉を鳴らした。
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