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わらった顔が見たいから
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しおりを挟む「……止めないで須恵、私は塞みたいに寛容にはなれない」
「まあ、普通そうだよな」
俺はたまたま歩が人格者だったから免れただけだ。それこそ刃傷沙汰にだってなってもおかしくない。そういう愛もある。
ただ、偶然近距離でかぶっただけの出来事を宇宙の心理のように思い込まないでほしいのだ。龍がたまたま駄目だっただけで男がみんな移ろいやすいわけじゃない。恋人がみんな、どんなに好き同士でも壊れてしまうわけじゃない。大抵のことは理性をもって接すれば回避できるしそれが普通なのだ。たぶん龍と歩もこれが続けるつもりのある相手のいることじゃなく、たとえば一回きりの火遊びだったなら、今も特別として隣に互いを置いていたと思う。
悪い例を見せてしまって本当に申し訳ないと反省している。でも、だからこそ顧みて相手を思いやる糧にしてほしかった。自分のことはわかりにくくても他人のことならよく見える。多少なりとも誰でもそういう面はある筈だから。
「でも玉山の恋人は俺と違ってクズなんかじゃねえだろ? ちゃんと本人に確認したのか?」
追い詰めるのは証拠を揃えてから、こちらの落ち度をなくしてからだ。この際、恥ずかしいも知られたくないも脇にやって、勇気を出して、じかに訊いてみてからまた考えるのでもいいのではないだろうか。
自分が傷ついた時はその痛みが一番手前にくる所為か攻撃的で破滅的なことばかり目論んで大騒ぎしてしまうが、もっと悪いのは他人もおなじ目に遭わせてしまうことだと龍は識っている。勘違いして自分がショックを受けるだけで済むならむしろそれがいい。もし事実が違っていて、無実の人を傷つけた挙句大好きな人にまで信用してなかったと思われて去られたら、何も残らない。私も傷ついたんだからあなたもそうするべきだというのは、正しい対処法とは言えないのだ。
龍は子どもみたいに逆ギレして八色を困らせた。おなじ目に遭ってようやく反省したと思ったら、今度は馨子に嫉妬して、それでも大人の対応でせっかく歩み寄ろうとしてくれたのに突き放して、元鞘に戻るのかとまで言わせてしまって、見事なまでの俺の失敗談を聞かせてやろうかとひとりで笑った。見えなくて正解だった。
「須恵……何か知ってる?」
「うん、ごめん。先生に玉山の居場所知らないか訊きに行ったから」
「……そう」
龍はもう大丈夫と確信し、一旦手を離して身体の中に引っ込めると汗拭き用のタオルとビニール袋を取りだした。脱いだ一二三の手袋をタオルでくるみ袋に入れる。くずかごに捨てるのは危険なので持ち歩くことにした。バッグにしまって一緒にテーブルに戻る。歩が気づいて立ち上がった。
「たまちゃん!」
「塞もごめんね、心配かけて」
「よかった~……」
どさくさに紛れて抱きつこうとしたのはサッと躱されて空振りしていた。一二三は宇賀神のまえに立つとゆっくりと仮面を外す。漆黒のワンピースは昨年と違ってシンプルな大人っぽいデザインだ。シースルーの胸元が扇情的で、歩が凝視していそうだなと呆れる。顔を半周してうしろまえにしてやった。わたわたして結局取り外している。
「玉山さん。……わあ、すごく似合ってるね。よかったら一緒に写真撮らない?」
「そのまえに宇賀神に訊きたいことあるんだけど、いいかな」
「うん、何だろう」
どこまでも柔らかな物腰に一二三がちょっと躊躇する。こちらに一瞥くれたので、龍はうんと大きく頷いた。勝手に答えを捏造してはいけない。なまじ優秀だと人に尋ねることを省いてしまうため、思い込みで誤った結論に辿りついてしまう。今回はただそれだけのことだったと思うのだ。
誰も裏切ってなんかない。
「宇賀神の付き合ってるひとって、誰?」
「馨子さんだよ」
「!」
「…………え――――っっ???!?!!?」
あまりにもやかましかったので、脱いでいた頭を傍にいた龍がふたたび歩にかぶせた。その中でもまだ絶叫していた。意外と想いのゆくえには鈍いたちだったのか、どういう種類の驚きか、よくわからないが目立って仕様が無いので場所を移す羽目になる。
食堂の隅っこのテーブルに座り直して龍は猫の顔を取った。やっぱり歩が隣から、ちらちらと一二三の胸元を気にしている。目潰し寸前までしてようやく諦めた。彼女が虫を視るような眼つきをしているのもいっそ不憫だった。男の株を下げるなと台無しイケメンを睨む。
「須恵は識ってたの?」
「いや。でも心当たりがあった」
「マジ?」
「お前もいただろ、あん時」
子ども部屋でアレルギーを起こした馨子が言っていた。噎せてくしゃみする家族がいた、と。一二三は先に帰っていたので知らない。その程度の話なら、龍も歩もわざわざあとから教えない。それが裏目に出てしまったのだ。
「僕は彼女から直接聞いたよ。大学教授のお姉さんがいるって」
黒部馨子と匂坂優。名字が違うのは親の離婚のためらしく、姉妹は今もたまに会っているのだという。普段はあれだがデート用におめかしすると双子なので馨子は匂坂に似ており、宇賀神の見せてくれた写真の中でわらう彼女も、パッと見は区別がつかないくらい顔がそっくりだった。
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