愛してしまうと思うんだ

ゆれ

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わらった顔が見たいから

01

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 学食のテラス席で白と黒の二匹の猫を従え優雅なティータイムに興じるエルフ。みたいな構図に先程から通る者がみな二度見している。あくまで不可抗力なのであって、ネタを演じているわけじゃないと言い訳してまわりたい衝動に駆られた。カメラを向けてくる輩に至ってはタンスの角に小指ぶつけろと呪いを飛ばしておく。

 宇賀神はすぐに見つかった。アプリで返信をくれたのもあるが、人が集まっていたからだ。長髪銀髪のかつらに紺色のひらひらとして裾を引きずるような上衣。歩にめくって見せていたが中には黒い細身のパンツをちゃんと穿いていた。この時季に足指を出したサンダルは冷えそうなものだが、彼に寒がる様子はない。夏も特に暑がってなかったような気がした。

 龍が不勉強なのもあって具体的なモデルがいるのかどうかは知らないけれど、青灰色の瞳も違和感なく馴染む仮装によりリアルさを与えているのは髪のあわいから飛びだしているツンと尖った耳だ。よく地球外生命体にも特徴として見られるあのかたち。一体どのようにして装着しているのか、近くで見ても不明だ。

『相変わらずのクオリティだな』
『そうだな』

 トランシーバーは三人で会話するには向いてなかった。というかそもそもこの着ぐるみ自体が喋るようには出来てない。まっとうに使用する際は別で声をあてるからだろう。静かな場所ならいけるが周囲に雑音が溢れており、しかも屋外となると厳しい。

『俺らのことは気にしないで知り合いいたらそっち行ってくれていいから』
「わかった」

 お世辞にもきれいとは言えない書き文字がさらに乱れている。筆談を申し出たはいいがこれで、宇賀神が解読できてほっとする。スリットから手を出してもかたいクリームパンが邪魔でペンを握りづらいのだ。わざわざ歩が『www』と書いてきてぶっ飛ばしたくなった。どんなに龍が睨んでも外から見えるのは可愛い黒猫の顔なので、おぼえてろよと毒づいて腕を組んだがこれもまた手がごちゃついた。

 知り合いかどうかは判別がつかないけれど、再現度の高いエルフに入れ代わり立ち代わり学生が声を掛けてくる。そのたびに「トリックオアトリート」と嘯いて宇賀神はバスケットからささやかなおやつを渡しているのだが、これがすこしも減る様子がないように見える。そんな筈はないのだが、じーっと観察してもやはり減ってない。手に取るとあたりまえに持ち上げられるし底もある。馬鹿馬鹿しいが無限に入っているとしか説明がつかなかった。

 歩に言おうかと思ったが今日はいろいろとツッコまれてばかりなので、もうこれ以上変なことはしないでおいた。テーブルに肘をついて両手で頭を支えて、こっそり中で顔だけを動かしキョロキョロと周囲を窺う。歩は宇賀神に話し掛けてくるほうの見張りを担当しているのだが、どうせ女子の露出具合しかチェックしてないのであてになるかはあやしいものだ。

(頼む)

 後生だから、どうか早まったことはしないでほしい。無力な龍はそう願うばかりだった。今思うと泊まりに行った夜、あんなに深く掘り下げた話をされたのは一二三なりに納得しようとしていたか、代わりに責められていたのかもしれない。似たような立場と見做した龍に不信感をぶつけて気が晴れていればよかったのだが、決行しているあたり腑に落ちなかったのだろう。
 葛藤がなかったとは思わない。他の誰かを介してでも、別行動が多くても宇賀神は大学の同級生でありバイト仲間でもある。そう安易に手を下そうとはしない筈だ。何度も悩んで迷って、行ったり来たりして、その末の今日だと思っている。

 さっき一度音に連絡を入れて、精製したのがどういう毒物と見ているか彼の考えを聞いてみた。すると経口での服用をすると10時間くらいは経って人体に影響を及ぼす遅効性のものではないかとのことだった。なるほどそれだけ遅れるとなると、その場にいる必要もないしアリバイも充分用意できそうだ。
 しかしそれが狙いではなく、いくらかの躊躇か、或いは応急処置の余地があるから選んだのであってほしい。

『――龍?』

 カタン、と椅子を鳴らして急に立ったので歩が呼んでくる。しかし龍は応えず、彼の背後を通ってテラスの出入り口へまっすぐに向かっていく。そこには目元を白い仮面で覆った黒い魔女がいた。突然どこからともなく現れ、眼前に立ちはだかる黒猫に戸惑って眼をあげる。

 両の手に嵌めた光沢のある生地の黒い手袋。それが危ないのだと、人と人との間を縫いながら決して誰にも掠めないよう、当たらないよう、気を配って歩く姿で理解した。奇妙だった。目についたのだ。仮装とは関係のないしぐさ。引っ掛ける心配のある長い爪をつけているわけでもない。だとすると――掌に何か付着させている。

 身体のまえで右と左を合わせた彼女の手を、外側から猫の手で包み込む。押さえ込む。龍はかるく屈んで魔女にぐっと顔を近づけた。でないと声が聞こえない。

「玉山、諦めてくれ」
「!」

 一二三もよもやこの手の猫とは思わなかったクチなのだろうか。無防備に目を見開くと、ぐっと手に力を込める。逃げられそうでひやひやした。だが素手で触れるわけにはいかない。正直恐ろしい。
 
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