愛してしまうと思うんだ

ゆれ

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ドコニイル?

03

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 とにかく急がなければならない。誰に何をする気か、目的がさっぱりなので一二三を見つけるしかない。調合の痕跡が無関係ならなお良い。音の早合点でありますようにと祈って、歩を促し更衣室を出た。そして頭はきっちりかぶせられた。もうこの仮装いるか?
 否でももし音の推測が当たっていたら、一二三は逃げようとする可能性がある。『今どこ?』と投げたメッセージには既読が付かない。

「玉山さがすぞ」
「え?」

 案の定、大きな頭の所為でざわめく校内では隣の声もろくに聞こえない。ねこパンチ。さらに胸倉を掴んで引き寄せる。

「……」
「何キレてんの急に」
「お前これ講義受ける気あったか? 100パーねえ仮装だろ」
「や~中止になってよかったよな。まあ頭とって受けようとは思ってたけど」
「夢もクソもねえな……」

 それでは何の仮装だか不明で教授も集中できなかっただろう。学内にちびっ子はいないが、テーマパークなどでは絶対キャストになっちゃいけないタイプだ。危うく同類視を受けるところだった。本当に中止でよかった。
 ちょっと待ってろというように肉球を見せて歩が出てきた教室へ一旦引っ込む。再度顔を出した彼に手招きされ、結局龍も戻る羽目になった。急いでいるのに。

「ンだよ」
「これ、腕に通して耳に嵌めて。どっちでもいいけど龍は左耳弱いから右な」

 余計なことは言わんでいい。歩に倣って頭を脱ぐとひとつだけついたイヤホンを右耳に押し込み、コードを中から腕に通す。手首のスリットから出てきたプラグを手のひらサイズの小型機に刺して完了だ。見た目は完全におもちゃだが、ちゃんと使えるのを試してかるく感動した。握っていてもにせものの猫の手の中に自然に納まる。

「用意がいいな」
『なんか楽しくない?』

 送話機能と受話機能をひとつのボタンで切り換えるタイプのトランシーバーで、電源を入れると受信になり喋る時だけボタンを押しながら口元にあてる。白猫が何か食べているのか欠伸をしているのか、はたまたうふふと笑っているのか、人間くさい仕種に龍は猫顔の下でふっと笑った。

『早く行こうぜ。事情も話す』
『オッケ』

 一緒だとは音に言ってある。歩には話しても差し支えないだろう。

 もとよりそれほど学科や学部の違う人間の顔を憶えているわけじゃないが、今日は輪を掛けて誰が誰やら状態だ。教授も講義しなくて正解かもしれない。出席していてもさっぱりという事態になってしまいそうだった。意味もわからずにただ仮装をしている者が大多数なのだろうし、西洋文化史の実習ともまるで思えない。ランタンを手作りしている人など見かけもしなかった。

 猫の着ぐるみはどこに行っても大抵好意的に迎えられ、ときに写真撮影を申し込まれる。中身が誰かなんてどうでも良いのだろうし作り笑顔をする必要がないのだけは有り難かった。まずは学生会館へ来てみたのだけれど、ひととおり見た感じでは一二三らしき女子はいなかった筈だった。ハロウィーンな所為で今ひとつ断言できない。

『何の仮装するかちゃんと聞いときゃよかったな』

 まず女子更衣室周辺へ行こうとしたのは龍が殴って止めた。別れてからかなり時間が経っている。一二三も着替えるなら終えている可能性のほうが高いし、単純に変質者の濡れ衣を着せられそうで嫌だからだ。或いはずーっと張っていればいつかは会えるかもしれないが、その場合は既にひと仕事終えてしまっているだろう。意味がない。
 因みに朝会った時の服装はチャラ男がばっちり憶えていた。歩はそう言われると、毎日会うたびに一二三のどこかしらを褒めている気がする。この色がとても似合うだの、髪もかわいくなってるだの、呆れないといえば嘘になるが純粋に凄いとも思う。

『玉山も俺らわかんねえよなこれ……』

 顔がにゃーんとしているのは勿論のこと、胴体部分も手足も全体的にウレタンで丸っこい輪郭になっており、体型すら曖昧になる。唯一頭身があまり低くなかったのが救いだ。顔と身体がおなじ比率だったらさすがに動き回るのに苦心しただろう。その時は潔く脱げばよかったか。

『いや一応ニャンコにしようと思ってるとは話したよ』
『マジか』

 龍には今日来るまで黙っていたのに? ちょっと意味がわからない。教えてもらったのは、半袖Tシャツ(二枚あると好ましい)、ジャージ、スニーカー、大きめのタオル、ボディバッグ、携帯用扇風機(首かけ式だと良)、の謎のリストだけだ。今復習うとなかなか実用的でイラッとする。

『何か意見くれた?』
『いや別に。写真撮ろうねって言っただけ』
『なら途中で帰ったりはしねえか』

 邪魔にならないよう壁際でこそこそ話していると人が集まってきた。さりげなく移動して、今度は薬学部の校舎へ向かってみる。このまえ場所がわかったのでロッカー周辺も通ってみたがやはりいない。
 というか毒物を所持しているらしきこと以外は、何も判明していないのだ。あまりにふわっとしすぎているため誰もいなそうなあたりで窓から構内を見おろしながら作戦会議にする。彼女がいつも講義で出入りしているところと食堂やロッカー、トイレなどの生活動線以外の捜索はある程度絞らないと途方もない。
 
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