愛してしまうと思うんだ

ゆれ

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ドコニイル?

01

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「ああ……」

 何故昨年痛い目に遭ったのに今年も素直に従ってしまうのだろう。黒猫の愛らしすぎるくりくりした黄金きんの眼の中から、とおるは鏡を見つめて声のついた溜め息を悲しく洩らす。

「馬鹿か俺は……」
「いや黒猫ちゃんだぞ? やっぱ思ったとおり似合ってるわ~」
「似合うもクソもあるか」

 いわゆる着ぐるみで、見えるところに龍の身体は一切出てないのだ。こんなもん誰が着てもこの仕上がりだわ。キレながらも、やはり黒い被毛には赤が一番だな、と首部分に縫い付けられている蝶ネクタイを、肉球のついた小回りのきかないクリームパンの手でチョイチョイやる。仕種が猫みあるんだよなあ。見ていた者全員にそう思われていたことを龍が知らないのは幸いだった。

 待ちに待ったかどうかは謎だが、年に一度のハロウィーン当日。何食わぬ顔でいつも通りに登校してきた学生達が臨時に更衣室として割り当てられた空き教室にて思い思いの仮装に扮する。この日ばかりは参加者の大半が早く大学に来るため、生協もやや早めに開け、万が一足りない物があってもある程度は買えるようにしてくれているというのは本当だろうか。
 勿論きっちりと男子用、女子用に分けられ、女子更衣室のほうは出入り口に交代で見張りも立っている。先輩達の誰かが持ち込んで代々大事に使われている大きな姿見まで設置されるため、最終確認もばっちりだった。

「写真撮ろうぜ!」

 色違いの青い蝶ネクタイをした白猫がつぶらな薄緑の瞳でそう言うものだから、しぶしぶ付き合ってやる。それはかまわないが「八色やくささんに送ってやろっと」と続いたのにはかぶりものの中で思わず目を剥いてしまった。複数の意味でどうして? 交換しただけじゃなくやり取りまでするようになっていたのか。

 了見の狭い感情がもやもやと龍の胸に巣食いだすがくちを出す権利はもう無いと弁える。毎日山のように届いていたメッセージは宇賀神と鉢合わせた夜以来ぱったりと止んでしまった。自分で仕向けていてもつらくて仕方なかったが、好きでいることはひとりでだって出来ると気づけば悪いばかりでもない。元に戻っただけ。

 諦める以外では絶対に壊れない楽しい片想い。そのくらいなら、たぶん許してくれるだろう。

「ほんとはさぁ、あの例のウサギでもない犬でもないふしぎないきものにしようと思ってたんだけど、あれって白いほうが女の子なんだよね~」
「それの何がダメなんだよ」

 俺だって別に女の子ではないわ。半目をする龍を見えていようがいまいが華麗にスルーして歩が「エッチなやつはクレームつくだろうしさ」と人差し指を向けてくる。ハロウィーンの仮装で男版のエッチなものとやらがまず全然想像つかない。そもそも男が多少露出したところでそんなふうには見えないものだろう。かわいそうにはなるかもしれない。
 大体どうして歩はこの日をエンジョイすることにここまで情熱を注いでいるのか。今年は前日の夜にわざわざ必要な物のお知らせがあったし、一ヶ月以上前から「今年の龍は何にしようかなー」などと呟いていた。それは龍が決めることだときちんと口頭で伝えておくべきだったのだ。

 実のところ自分で考えて用意するのでは面倒くさいため、恐らく須恵龍のコスプレでしかなかっただろうとは思っている。これだってどこで借りてくるのか知らないが、タダじゃないのだろうに熱心なことだった。長いしっぽには針金が入っていて、各自でかたちをお好みに決められるらしい。「黒猫はかぎしっぽだよな」と勝手に曲げられて完成のようだった。

「たまちゃんは何だろうね」
「そうだな」

 朝会った時に訊くと「内緒」と言われたけれど、昨年の妖精みたいなフリル盛りのミニドレスはとてもよく出来ていた。母親の手製と聞いてどうりで似合っていたわけだった。可愛い子がいると噂になっていたのでその後しばらく龍と歩は男どもに妬まれたり嫉まれたりしたが、大した実害はなかったため今ではいい思い出。

 ふと脳裏を過ったので歩にも昨年の宇賀神の写真について尋ねようとしたその時だ。ガチャ、と出入り口のドアが無造作に開いて知らない男子学生が更衣室に入ってきたのは。

「オイ、全講義中止になったぞ! 学生はすみやかに帰宅って!!」
「えっ」
「なんで?」

 一斉に周囲がざわつきだして聞こえにくい音がますます聞こえにくくなったので一旦猫の頭を脱ぐ。汗止めに巻いたタオルなど、まだ一滴の水分も含んでないというのにどういう事だ。やりたくてやった仮装じゃなくても何が起こったのかぐらいは気になる。

「爆破予告が来たってさ!」
「……は?」
「何だって??」

 休講のお知らせなどもわかる閲覧には学生番号の必要な内部サイトにアクセスすると本当にそのような掲示があった。更新時刻もつい先程。通知が来ている。嘘を吐いていい日は半年以上もまえなので、これは事実としか受け止めようがない。驚きがおさまると、今度はみんながくちぐちに不満を訴え始める。
 
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