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お別れするしかないみたい
02
しおりを挟む「もう終わったのか?」
「うん、大体ね。でもつい楽しくて時間が過ぎるな」
「宇賀神も今日休んだんだ」
「そうだね……」
なんだか珍しく元気がない。いつも弾けるほどパワーに漲っている、というキャラではないにしろニコニコして穏やかで、感情の浮き沈みが然程ないタイプに見えるので気になる。具合が悪ければ大学に来てないと思うしとっくに帰っているだろうから、内面的な事情だろうか。まあ悩みなんて誰にでも、宇宙人にでもあるものだろう。地球人だけの特権とは思わない。
ポケットの中でスマートフォンが振動する。取り出して見ると歩からだった。このまえ掃除したケージに入居した犬の写真をまた送ってきている。白いフレンチブルドッグののんちゃんは百発百中愛らしくて、なんと歩は頼み込んで宿直に参加させてもらっているそうだ。週末までなのでごく短期とはいえご執心ぶりに笑ってしまう。
あらかじめ許可は貰っているのだろうがお前が飼い主かと言いたくなるほど写真を撮って、学内で会った時にその話になって一二三にも呆れられていた。のんちゃんのほうは相変わらずの塩対応らしい。龍は事件の翌日しかバイトに顔を出してないため、実物にはまだ会えてない。それもみんなに余計なことがばれてないか確かめただけですぐ帰ってしまった。
単純に馨子と居合わせるのが気まずかっただけなのだが、事務所にいないなら行っても大丈夫かもしれない。そんな姑息な手段を採る自分に嫌気がさす。でもショックが癒えないうちは、何をしでかすか自信がないので、彼女のためにも龍が距離を置くことにしたのだ。
(なんて)
本当は向き合うのが怖いだけだ。どうしようもない事実から目を逸らしたいだけ。万が一出くわして、八つ当たりのように怒るならまだしも、また泣いてしまったらと思うと、情けなくてとてもじゃないが立ち直れないだろう。
「帰るなら一緒行こうぜ。どっち方面だっけ?」
それで気づいたが宇賀神の家は知らない。話題にも出てきてないように思う。コミュ力お化けの歩ならもしかしたら知っているかもしれないけれど、龍はたぶん聞いたことがなかった。もし忘れていたらまずいが宇賀神に気分を害したふうはない。というかちょっとぼんやりしている。
聞こえてなかったかもしれない。「宇賀神?」と呼びかけると、やはり我に返った様子で「ごめん、何?」と繋げる。これは本格的に変だ。すこし考えて、龍はピンとひらめく。
「なあ、今日うち泊まりにこねえ?」
「え……」
「実はひとりじゃ帰りづらくて。できれば一緒に来てくれると有り難い」
「でもご迷惑じゃない?」
「全然! むしろ頼む! この通り!」
顔のまえで手を合わせた龍に、宇賀神は快く承諾してくれた。これでいくらか憂鬱は軽減される。外面は厚い母なので、身内以外の人間がいればあたりは和らぐのだ。明日の朝までの平穏は確保できたといえるだろう。よかったよかった。
ただ家に帰るだけのことがこんなに厄介で、気が休まらない。居場所のない子どもはきっと多くいるのだろうと思っている。似たような事情でなくとも、暴力をふるわれるとか逆に親のほうが家に居着かないとか、家庭の数だけ理由が存在する。自分が珍しいとは思わなかった。恵まれてないのだとは、だいぶあとで知った。
電車で数駅、徒歩数十分。どこにでもある住宅街の中に龍の家は建っている。比較的あとからできた街だが一二三の家ほどは洗練されてない。暗い深いグレーの壁が目につく鉄筋二階建ての長方形デザイン。昔は母が庭にさまざまな果樹やハーブを植えていたが、出戻ってきてからは殆ど手を入れなくなった。きれいにしていたあの頃のほうが無理をしていたのだろう。
「あの黒いのが俺んち、――」
既に暮れた中ではわかりにくいかなと笑った顔のまま、龍は硬直した。黒い普通自動車が門のまえに停まっている。父はシルバーのセダンで、ここ数日見かけてない。ドアが開いて運転手が出てきた。
夜目にも鈍く輝く白金の髪は見間違いようがない。
「龍」
「こ……八色さん、なんで?」
「連絡しても返ってこねえからだわ。お前の私物持ってきた」
観念して近づいて、ようやく八色は龍につれがいたのに気が付いたらしい。変装をしてないのに今になって舌を打つ。宇賀神は二歩くらい離れてうしろにいてくれるが、さすがに見えない距離とは言えない。八色が憶えているかどうかは別としても事務所でもニアミスくらいしているだろう。
「あんたのほうが急に来たんだろ。……俺は初めから歩以外誰にも言ってねーし、彼にも口止めしとくから」
「俺は別に疑ってねえよ」
「……もう傷はいいのか?」
「余裕」
鵜呑みにはできないにしろいくらか安堵した。車の運転もしているし、服の袖もきちんと通せている。傷の具合が快方に向かっているのは間違いない。八色はまだちょっと宇賀神を警戒しているが、龍が歩み寄ったのでこちらに向く。白い手から段ボール箱を受け取る。そんなに重くはなかった。衣類が大半と、すこし本や整髪料程度の荷物だ。
「家に送るか捨ててくれてよかったのに」
「俺が持っててもよかったが、使う物もあるかと思って」
口実にされたのは深く考えなくてもわかった。溜め息を吐いて、恐る恐る眼をあげる。
「どこ泊まってんだ?」
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