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理屈じゃないの
01
しおりを挟む睡眠時間というものは連続していなければ効果がないらしい。
「……寝不足? やっぱり夜通し何かしてた?」
「いや……」
一回欠伸をしただけでこれなのだから、日中のウザさといったら勘弁してほしかった。というかもうバイトも小一時間すれば終わるのだから多少くたびれていて当然だ。さっきまで新しく迎える犬のためにケージを洗うべく中と外を行ったり来たりしていて、階段の昇降がかなりつらかった。エレベーターは客か上階の人しか原則使えないのだ。
歩の妄想ではどんなことにされているのだろう。よもやあのネっさんの餌食になどされていまいな。ぶるりと震えがくる。無論そのような事実は小指の先ほども存在せず、龍は音の部屋で、一二三は一二三の部屋でそれぞれの朝を迎えた。
ところがそれが逆に不安を煽ったようだ。疑心暗鬼に取りつかれた歩は「現役男子高校生を誑かしおったんか……!」などと根も葉もないことを迂闊に言って珍しく一二三に首を絞められている。手元の作業はこちらで引き受けるから、もっとやってよし。
「めっちゃ楽しかった~玉山んち。お父さんもお母さんもすてきな人だな」
「そう? ありがとう」
「音も元気そうで安心したわ」
「あっ何だって? 何か言ってた??」
急に復活を遂げた歩にも、本人の言を伝える。「受験生だもんなあ」と納得して、しかし部屋に龍が泊まったことはしつこく気にしている。過ぎたことをガタガタ言われても困る。
「一緒にラジオ聴いただけだっつうの……てか俺すげーすぐ寝落ちたし」
泣くのってこんなに疲れるものなんだなと思った。一切夢も見ず眠っていた筈なのだが夜中に一度目を覚ますと音に顔を覗き込まれていて、あまりの恐ろしさに悲鳴も出せなかった。彼が言うには「魘されてましたよ」だそうだが、お前の所為では?と今もちょっぴり疑っている。それで連続が途切れて、微妙に眠みが残ってしまったのだろう。
朝は早く起きられたため一二三と一緒に家を出て、空き教室と図書館で勉強していた。朝活もいいなと思ったのだけれど恐らく数日で挫折しそうだ。大体寝る時間が平生は昨日よりだいぶ遅い。夜型のほうがネガティブ思考になりがちだと何かで見たが、あれは本当なのだろうか。たしかに遅くまでひとりで起きているといろいろ考えなくていいことまで考えだしてしまって、落ち込んだまま寝て変な夢を見たり寝つきが悪かったり、起きた時疲れが取れてない感じがしたりになる。睡眠の質の悪い証拠だ。
(でも)
久々にスムーズに寝入ることができたのは事実だった。ここのところ自宅で夜を過ごす所為で睡眠がうまくとれていなかった。両親が口論する声が聞こえる、などはもう稀だが母がストレスを発散させるかの如く大音量で音楽をかけたり、時に大きな叫び声をあげたりするので心臓に悪いのだ。
弟が言えばいくらかはましになるのだろうが、あの女にも捌け口を作っておかなければ、どこにしわ寄せが行くかわからない。否たぶん龍にくる。刺されるぐらいならかまわないけれど、その時に愛がひどいショックでも受けたらと思うとやはりできるかぎりは避けたほうがいいような気がする。
脆くて、弱くて、そういう自分が駄目だと誰より自分で思っているのに変えるすべがわからない。独りが淋しくて縋ってしまう。母を見ていると皮肉にも血の繋がりを感じずにいられなかった。同時に何としても乗り越えたいと強く願う。俺は自力でどうにかする。しなければ。
「すごくちゃんとした子だねって父が言ってた」
「……俺?」
「うん、是非また遊びにいらっしゃいって」
「マジで」
「あー! ほらぁ、龍ってば気に入られてる~~!!!」
だから何なのだ。まさかの一二三が本命かとひらめいたが、もしそうなら歩はとっくに行動を起こしている筈なので秒で却下した。「羨ましいのかな?」とからかってやる。キーと喚いてテーブルをバンバン叩くのでうるさい。揃えた紙が散らばる。
「そういや気になったんだけど玉山って、家でもあだ名呼びなのか?」
「!」
「えっ」
鋭いことを訊いてしまったらしく、キャビネットとにらめっこしていた一二三が周囲に目を走らせてから龍と歩に顔を寄せ、こそこそと小声で言う。いい匂いがする。
「実は魔法使いって名前を知られると呪いに利用されたりしてまずいの。だから偽名がある」
「そうなの?!」
歩が小声で叫ぶという意外に器用なことをする。
「ええ、私も魂の名前とは違う」
「ほえー……」
「ややこしいんだな」
魂の名前という言葉には耳馴染みがなかったが、一二三曰く魔法使いじゃなくても誰でも、自分の名前は魂に呼ばれて付けられているものらしい。だから大事にするべきだと言われてもピンとこないけれど、龍も親とうまくいってないからといって変えようとまでは思ってなかった。
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