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あなた病
03
しおりを挟む「マジで何でもねえ。歩には関係ねえことだから」
「でも、」
「あの~黒部さん、今日ってここ泊まっちゃダメすかね?」
「ええ?」
「ちょっと俺……諸事情あって家居づらくて」
先程の言葉が嬉しかったので、龍はほんのチラ見せだが悩みの種を馨子にも分けてみた。半同棲を識っている歩は不思議そうにしていたが、ややもせず想像が及んだのか厳しい表情になる。真相は八色のために黙るしかないけれど、浮気とかじゃないことはもしかしたら明確にしておいたほうがいいかもしれない。
誰の所為かと言えば一番はやはりストーカーなのだ。八色は被害者だし、ひょっとすると龍が知らず知らずに加害者の手助けをしたかもしれない。考えたくないがあり得ない話じゃなかった。
「うーん今は子猫ちゃんだけだから連れて帰ってるし必要はないんだけど……」
「龍、うち来いよ」
「えっ」
予想外のところから代替案が飛んできて焦った。実のところ誰でもいいとは思っていたが歩だけは駄目じゃないだろうか。いや絶対に何も起こらないのは確信しているけれど、元彼の家に泊めてもらうのは世間的にもまずい気がする。
八色との先刻のやり取りがなければ即座に断っていた。ちょっと迷ってしまって、はっきりしない龍を歩がじっと見つめる。ついでに課題のつまずいているところを教えてもらえたら時短にもなるけれど。でも元彼。否もう八色とは。だからと言って、こんなすぐ。
「い~……やー……それは、まだちょっと……」
「まだって何」
「副詞」
歩は妙なところで鋭いのか、鋭くないふりをしているだけで鋭いのかときどき侮れない。今日はえらくグイグイくるなあと馨子を盾にして龍は思った。そんな武闘派キャラでもないくせにお前こそどうした。
秋の陽は傾くのが早い。目に見えて暗くなってきたので決断するなら早くしなければ。仕方ない、危ない橋を渡るのはもう嫌なのでおとなしく自宅へ帰ろうと決めた龍に、ポンと肩を叩いて一二三が声を掛ける。
「だったらうちに来る?」
「えっ?」
さらに予想外のところから代替案が飛んできた。「たまちゃん?! そいつ一応男だよ!?」と歩が騒いだが「父も弟もいるから大丈夫よ」と平然と打ち返す。申し訳ないが龍も歩とおなじ意見だった。しかし本音を言えば、魔法使いの家がどんなところか、ものすごく気になる。お邪魔してみたい。
「い、いいのか?」
「ええ。家に連絡するからちょっと待ってて」
「……あ、もしよかったら食事は外で済ませていこう。俺出すよ」
急に一人前増えると予定が狂うかもしれない。ちょっと一二三の分が余るくらいは、高校生の音がカバーできるだろう。自分も料理をする龍らしい気まわしにふっと頬をゆるめて彼女は「わかった」と答えた。日頃の行ないがいいからかふたつ返事で承諾を得られて、無事に今夜の宿は決定したのだった。
18時という若干夕食にしては早いかも?という時間だったため、一二三が行きたいと言ったファミレスはすぐに座って注文することができた。料理が届くのを待つ間、或いは食べる間も、特に注意事項などがないか話を聞く。「驚かないでね」というのはもう前フリだと思っている。母親が箒で飛んできたって、首から上だけしか見えなくたって、ありのままをどんと受け止めようではないか。
途中デパートの地下で家族の好みを確認してから人数分よりやや多くプリンを手土産に購入した。そしてコンビニでも替えの下着を調達する。パジャマは音のものを借りればいいと申し出てくれた。こういう時にもまたもやしが役立つ。
「一線越えたら絶交なんだからねっ」と歩が切実そうな顔で言っていたが正直おなじ部屋で寝たとしても、歩とのほうがまだ危ないと龍は思っていた。一二三に彼氏や想い人の有無は、そういえば聞いたことがなかったが、男友達をこうやって無造作に招けるぐらいだからいないと考えるのが自然かなとあたりをつける。失礼なので言いはしない。
龍と歩とは方向が全然違うので知らなかったが一二三の自宅は電車を乗り継いで一時間ちょっとの郊外にあった。遅くなると両親は心配しそうだと思ってしまうほど、閑静で住人以外の人出がすくない。昼は働きに出て夜帰ってくる、その移動の時間帯のみ混雑してあとは静かという防犯意識を相当高めなければ危険な区域だ。
尤も駅前に交番はあるし、一軒一軒が大きく敷地も広い住宅は警備会社のステッカーも多い。街自体が比較的新しく、西洋風にデザインされているようだ。お嬢か、とくちのなかで呟く。
「ここよ」
黒猫のかたちをした表札に玉山と刻まれているその家には煙突があった。思わずおお~と感嘆の声を洩らしてしまう。
「ただいまぁ」
「こんばんは、お邪魔します」
なんせ女子の家に足を踏み入れることなんてしようとも思わない人生だった。今後も一切ないイベントかもしれない。若干緊張して、らしくなく背筋を伸ばしている龍に一二三がふふっとちいさく笑う。
「取って食われちゃうよ、須恵」
「そこは普通否定するんじゃねえの?」
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