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エレファントジュース
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しおりを挟むやっぱあれは彼女だとはしゃぐ歩がどう考えているのか。答え合わせしたいようなそれは野暮すぎるような、もじゃもじゃしていると近くで着信音が聞こえて、それぞれがスマートフォンを確かめるので面白い。音源は龍だった。送信元は八色で、ポップアップに内容までは出ないため気にならないと言えば嘘になるけれど、結局見ずにカバンに戻す。
本気で八色はまったく悪くないので、どう落とし所をつければいいのか龍自身にもわからなくなっている。現状を打開するすべはないし時を待っていればある日突然全部の問題が解決するわけでもない。それどころかガードが緩んでいる隙に他の誰かに居場所を奪われる未来のほうが、うんと鮮やかに思い描けるというのに会って謝ろうという気が起こらないから困りものだった。
歩もきっとおなじ人種だ。どれだけの人といくつ浮き名を流そうと、最終的にどこから出てきた?というような完璧な女性と結婚して幸せになる。唯一無二じゃないし資格も必要ない。出会いさえ果たしていれば、誰だって。
「ねえ、龍はどうなの彼ピとは? 貸してくれる気になった?」
しっかり声は潜めていたし、宇賀神はついでと言ってごみを捨てに席を外していた。だから逆に腹の底に灯った衝動を抑えられなかったのかもしれない。
「……るせえな、勝手にしろよもう」
「え」
「俺が嫌だろうが傷つこうがどうせ決めるのは向こうだ、くち出す権利なんかねーし付き合ってようが結婚してようが一生自分だけなんて確約にはならねえんだから!!」
恋人なんて俺でもなれるんだから誰でもなれる。言ってしまってから、歩の青褪めた顔と一二三の見開かれた瞳に我に返った。
またやってしまった。俺は誰かに八つ当たりしてばっかりだな。でも嘘じゃない、夫がいるのに別の男の子どもを産む女を龍は知っている。御蔭で女の子は嫌いじゃないが信用できない。もう愛してもないのに惰性で一緒にいる神経もわからない。思っていることを声に出したってろくな結果に終わらないことくらい学んでいる筈なのに、どうしてこう繰り返してしまうのだろう。
いろんなストレスを溜め込んできたのが災いして、選りに選って学校で爆発してしまって周囲がざわつく。外聞などどうでも良かったが輪をかけて投げやりな気持ちになった。いまさら取り繕おうとも思わない。ゆらりと立ち上がると、何も言わずに龍は食堂を出ていく。
「あの、ごめん龍」
ガタンと椅子の鳴る音がしたので歩は追いかけようとしたのかもしれないが、取り合うつもりは毛頭なかったし、察して一二三が制してくれたのだろう。龍はぐらぐらと怒りを煮え立たせたまま、望みどおりひとりで帰路に就いた。
悔しい。こんなことをしたいわけじゃない、他人の所為にしても仕方ない。めちゃくちゃになるのは龍の人生だけだ。これがもし順調な時だったら受け流せたのだが、たまたま冷却期間を置いていたために歩に当たってしまった。彼には全然関係のないことで。そんな自分の最低な行ないがまた自分を傷つけていく。一向に光明が見えない。
わかっている。八色に会えば、恐らくこれでもかと肯定してくれる。しかし自分が駄目になった時だけ甘えるようで、いつかのためにひとりでも立ち直れるようにならなければいけなくて、唯一無二になれないかぎりこの苦痛は一生続くのだと思うと気が遠くなった。
(俺にもあの女の血が流れてるわ)
いまさら歩に胸騒いだりはしないけれど、他の誰にでもこんなに情緒を乱されるかというとあやしい。過去の負い目が覿面に効いているのだろう。
誰も知らないところで新しく始めたい。そういう夢想に耽りながら電車に揺られる。しかし龍が実際にあてにできる場所は結局あの冷えびえとした家しかなく、どこへも行けない、行かない自分の臆病に嫌気がさした。
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