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エレファントジュース
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しおりを挟む「いや昼こなかったから、どうしたかと思ってさ」
「あっ……そうだった私すっかり忘れて、ごめんふたりとも!」
「それはいいけどメシは食ったのか?」
「いえまだ」
「えーっ身体に悪いよたまちゃん、食堂いこ! もう終わったんだろ?」
「うん」
昼食も飛ばすほど学業に打ち込むなんて学生の鑑だ。とても龍には真似できない。感心しながら途中ロッカーに寄って、学生会館へ移動する。一二三の荷物を預かり、彼女が注文に行っている間に席を確保する。と言ってもまったく混み合う時間帯ではないため適当に陽の当たりすぎない人の出入りに関係ないテーブルを選んで座った。
戻ってきた一二三の手には丼が載っていたので丼ものにしたんだな、と思ったのだが席に着いて龍も歩も目を丸くした。白米の上には、鶏の唐揚げと魚のフライと小ぶりのオムレツがキャベツの千切りを下敷きに鎮座している。こんなメニューあったっけ?と首をかしげる男ふたりに「余り物だから安くしてもらえた」と彼女がほほ笑む。
セットの味噌汁と小鉢はもとから付いているが、丼の中身は日替わりのメインの余剰分らしい。そろそろ店仕舞いの時間なのでちゃんとしたメニューはできなかったのだろう。一二三は気にするどころか喜んで「いただきます」と手を合わせた。
見ていると腹が減るのは予想していた。先程通りかかったので生協で調達していたパンとおにぎりを出すと、龍と歩も間食に精を出す。人気の三色パンが奇跡的にこの時間まで残っていて、一二三が羨望の眼差しで見つめるので歩が半分にちぎって袋ごとトレーに置いてやっていた。元気になったようで何より。
「なんかすげーな。匂坂先生」
「うちにはいねえタイプ」
「私1年の時内職してたんだけど、話すと全然怖くないよ。厳しいのは厳しいけど」
内職というのは教授の雑用係みたいな仕事をするアルバイトのことだ。カリキュラムに関係のない1年の間だけたまに募集が出る。そこまで給料がいいわけではないけれどスキマ時間を活用できるので一定の需要があった。龍と歩は既にバイトをしていたのでチェックしてもなかったが、一二三は掛け持ちをしていたようだ。
その縁で多少あたりがマイルドになっているのだろうか。しかし誰に聞いても贔屓などはしそうにない人なので、やっぱり単純に一二三が優秀なのだな、と結論付けた。見習いたい。
食事中の一二三にはあまり振らず、だらだらととりとめのない話題を流していく。元気くんは軽度の栄養失調状態からすぐに回復し、今は名前どおり元気に暮らしているらしい。もみちゃんも家に帰って、現在子ども部屋は譲渡会で出会いを得られなかった子猫が一匹だけ。もし次も新しい家族が見つからなかったら職員が引き取りそうな雰囲気だった。
三人とも見事に趣味や行動範囲がかぶらないので共通の興味が殆どないにもかかわらず一緒にいる。周囲からの遅れを取り返すのに必死な龍と、空き時間は魔法使いの修行?に全振りの一二三、ごく普通にほどほどに遊んでいる歩。端から誤解されるのも無理はない変わった取り合わせなのかもしれない。
「そういえば最近弟君は? 見かけねえけど」
「ああ……私もあまり会わないかも。家にいないことが多くて」
「どっかでがり勉してたりして」
「えー、天才なんだろ?」
「じゃあ彼女できたとか!」
他人では知りようがないので身内に注目がいくけれど、実の姉はさあというように首をかしげている。男女のきょうだいなんてそんなにベタベタしないものなのだろうか。
「あ、須恵くんだ」
「おう」
大学でこんなふうに気安く声を掛けてくる心当たりなど他にいないのですぐわかった。宇賀神がヒラヒラと手を振りながらテーブルに寄ってくる。隣に座っていた一二三がすかさず席を立ち歩の横に移動した。彼の定位置がいつでも龍のなるべく近くと識っている。お互い馴染んだよなあと感慨深かった。
如何せん歩以外は人見知りなのだ。ニコニコと笑顔がチャーミングな宇賀神も、当たり障りなく深入りを避ける同類のにおいがしたため龍に懐いてくれたのかもしれない。構内で見かける時は大抵ひとりだった。それで何となく歩は見つけると声を掛けたり合図を送ったりしているのかもしれない。
「もうあがり?」
「うん」
「じゃあバイト一緒いこ」
「玉山さん今ご飯?」
くちのなかがいっぱいな一二三がコクコク頷く。
「大変なんだね」
「なあなあ、こないだすげー美人と店入ってなかった?」
「……」
身も蓋もない言い方なうえに前触れが一切なく、誰も制止することができなかった。歩は気になりますと顔に書いて宇賀神の反応を窺っている。無邪気か。いまさらツッコんだところで遅きに失する。くうっと唸る龍に一二三が同情的な視線をくれる。
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