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エレファントジュース
02
しおりを挟む俺も今日はバイトなんか行ってる場合じゃなく復習しないと駄目なのでは。でも家じゃ勉強どころじゃない。八色のところへは、もう何日も顔を出してなかった。あれだけ毎日楽しく通い詰めていたのに、今は途方もない罪悪感で足が向かない。ちゃんと食事しているか心配だったのは最初の一日二日のことで、彼だって自活しているのだし大人だから何とかしているだろうと気づけば、己の思い上がりが逆に恥ずかしくなった。
(馬鹿だな)
別にかけがえのない存在などではない。家族じゃないし、恋人は唯一無二のポジションじゃない。殆ど誰も知らないふたりの関係がどれほど不安定で脆弱なものか折に触れ思い知らされる。歩の時もそうだった。いつかこそこそしないで過ごせる日が来るのだろうかと遠い未来の話をしたこともあった。
実際はそのまえに関係のほうが壊れてしまったわけだけれど。女子とも問題なく親密になれる歩には死活問題ほどではなかったかもしれないが、龍は違う。そんな捻くれた考え方をしてしまうのはいくらなんでも歩に失礼なのだが、やはり性的志向まで合致する相手でなければ完全な理解は得られないだろう。
「美人だけど恐ろしい……いや恐ろしいけど美人と言うべきか……」
「おなじだろ」
しかし言い方はきついが図星ではあったのだろう。だから学生達も反論できなかった。落ち度を認めているのだ。学生はたくさんいるが、そのすべてが熱意や探究心に溢れているわけではない。中には別の目的で紛れ込んでいる者もいる。恥ずかしながら龍もそうだ。そういった者達がドロップアウトという選択肢も採れるのが大学という場所。学校側も、本音ではわからないが、やる気が見られない学生まで飼っておくほど優しくない。
むしろそういう輩がかたちだけでも属していて、何かろくでもない問題行動を起こされたら大学名に傷がつく。来年度の新入生が減ってしまう。それを思うと匂坂のような教授はやはりいたほうがいいのだろう。本人に言うだけ親切なのかもしれない。奮起させようという意図があったかどうかは謎だが。
おなじ学科のちょっとチャラいグループに、入学して間もない頃科内コンパで聞いたことがある。匂坂優は34で教授になり、美人すぎると話題になった有名人らしい。完璧なメークと、白衣の下のハイブランドで固めた服装は大学教授に見えないし、簡単に手の届きそうな女性にも見えない。こう言ってはなんだが龍の苦手な部類だ。
半年ぐらいまえに学生と交際しているという噂も耳に挟んだ気がするが本当だろうか。歩あたりは一二三や、謎の交友関係にある理系学生にさぐりを入れていそうだが龍がそれを気にすること自体に食いつかれそうで、面倒くさくて諦めている。そのために女子学生の中にはアンチもいるらしいけれど、見た感じとてもそんな浮ついた雰囲気は漂ってない。私語などすれば殺されそうに見える。
文学部の教授は大体おじさんかおじいさんで、女性教官もひとりいるが国民的アニメキャラみたいな丸っこいフォルムの年配の女性なので匂坂の物珍しさは龍にも理解できた。しかし講義では誰でも最低一回は圧迫面接の練習をする羽目になるらしいので、2年生以上には支持がはっきり分かれるようだった。
「たまちゃん大丈夫かなあ」と言いながらも助けてはやれないのだから役に立たない。遠くから応援するだけだ。無力な俺達を許してほしい。横槍が入ったが、改めて話の続きをしている一二三と匂坂に視線だけを投げかける。頷いたりかぶりを振ったり、議論は白熱しているようだ。
「じゃあそれで続けて」
「わかりました」
「……ちょっと、」
匂坂が急に顔をそむけて咳をする。手をあてて何回か肩を震わせたのち、くしゃみをした。一二三が慌ててハンカチを差し出している。よもや何か刺激物質でも飛んでいるのではあるまいなこの部屋。身構える龍の横で歩は「美人のくしゃみ可愛い~」と沸いている。
勢いがつきすぎた所為でほんのわずか乱れていた匂坂の髪を、彼女より背の高い一二三が気が付いて整えてあげていた。若い教授なので友達感覚なのかとは伝え聞く印象からは到底思えない。窘められないあたり、友人が優等生であることはどうやら事実らしい。
親しすぎるようにも思えたが女同士は基準が違うのかもしれない。中学時代など、きゃあきゃあ騒いで休み時間に友達の胸を揉んでいたクラスメートに戦慄したものだった。自分が男で心からよかったと思った。あんな無神経なコミュニティの中では到底生きていけそうにない。交ざりたくもなかった。
こちらへ来るかと身構えたが匂坂は隣の準備室へ続くドアから退室した。残された一二三がてきぱきとテーブルを片付け、荷物を持って出てきたのでやっと声を掛けられる。「どうしたの?」と驚かれた。
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