20 / 69
彼岸にて
04
しおりを挟む(ダメだ)
わかっている、龍が真っ直ぐに生きられないのと八色とは何の因果関係もない。正真正銘ただの八つ当たりだ。しかし巡りあわせが悪すぎた。将来のことでは歩と一二三に置いていかれたような気分になり、自分では満足のいっていた行動を否定され、それでも「今度から気を付ける」と返せるほど龍は寛容じゃない。大人でもない。具体的な解決策だって見あたらなかった。
「大学も行かせてもらったけど何になるでもねえ、突出した長所もねえ、夢なんて生まれてこのかたあったこともないし才能はもっとだ。近い将来やりたいことすらなくて、家族もいなくて、……俺は、ひとりで生きて死ぬんだろうなぁ」
その未来図だけはいつだって鮮明に描くことができた。描いて、眺めて、内心安堵していた。誰かが傍にいたらその誰かを本当に信じていいのか疑って心が疲れる。長く居たいと思えば思うほど、肉体的にはどうでも精神的には深入りされたくなくてつい、はぐらかしてしまう。
子は親を選べない。自分だけを見て、自分だけに無償の愛をくれる親は龍にはいなかったのかもしれない。父だってきっと余所に愛すべき子どもがいるのだろう。つまずいて派手に転んでも、ちゃんと自力で立ち上がって生きる道を見つけた八色と、いつまでも突っ伏して起き上がれない龍の差はそこにあったのだろうか。さすがに尋常じゃないと知ってか八色が青褪めて寄ってくるが龍は距離を保って後退りした。
優しくされたくない。許されちゃいけない。自分が悪いことは理解している。だから、ちゃんと謝らなければ。
「その……学校で何かあったのか」
縁起でもない想像をされているような気がして、そんな場合でもないのにちょっと笑ってしまう。こうして八色が寛大な対応をしてくれるたび自分の未熟さを思い知って嫌になる。美しいものをまえにするとただでさえ己が汚れて感じる。実際そうなのだからもっとだ。
「焦って無理に決めることじゃねえと思うが、料理とかは?」
「……香さんに作るのは好きだけど、それ自体は好きじゃねえ。金もらえるほどのもんでもないと思うし」
自炊の切っ掛けが最低すぎていいイメージがないのだ。食に興味があるでもなし、龍自身は可食性に問題がなければ何でもかまわない大雑把ぶりで。職にするには苦痛が勝つ。アルバイトも避けているくらいだ。あの母の子だと言われるのが恐ろしい。
「ごめん、全部ウソだから」
いまさら人に言ったところでどうなるものでもないのに。救けを欲するのなら、もっと早くに声をあげるべきだったのだ。こんな個人的な愚痴を八色にしてしまうなんて、衝動に駆られたとはいえ軽率すぎるし気を許しすぎだ。信じられない。しかも彼のプライベートにまで不用意に踏み込んでしまって、せっかく話してくれていたのに失望されたかもしれないと思うと消え入りたかった。
このひとに見せたいのはこんな自分じゃない。ゆっくりと本性を分厚い壁で覆い隠していく。
「今のナシ。マジでごめん。……俺、疲れたから先に寝るな。おやすみなさい」
「龍」
「迎えありがと」
「待て、すこし話が、――」
八色を振り切り、寝室へ逃げて、ひとつしかないのでベッドのすれすれ端っこに龍は横たわった。さすがに今から家へ帰りたいと言うのは我儘だ。体力を回復させて学校へいく。しばらくはここへは来ないようにしようと秘かに決める。
居心地がよすぎて考えるのをやめてしまうのはいけないことだ。結局自分しか頼れないのだから、自分で何とかするしかない。喧嘩しても真夏であってもくっついて眠るのだが今日だけはちょっと無理で、パンダに抱きついて離れて寝る。頭に血がのぼってか、逆に不安症で血の気が引いてか、身体はくたくたなのになかなか眠りに落ちることができなかった。
「俺は結婚してお前はひとり? ……どういう事だよ」
夢うつつの状態でそんな声を聞いた気がしたけれど、起きたら忘れていた。
0
お気に入りに追加
16
あなたにおすすめの小説

【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。
貢がせて、ハニー!
わこ
BL
隣の部屋のサラリーマンがしょっちゅう貢ぎにやって来る。
隣人のストレートな求愛活動に困惑する男子学生の話。
社会人×大学生の日常系年の差ラブコメ。
※現時点で小説の公開対象範囲は全年齢となっております。しばらくはこのまま指定なしで更新を続ける予定ですが、アルファポリスさんのガイドラインに合わせて今後変更する場合があります。(2020.11.8)
■2024.03.09 2月2日にわざわざサイトの方へ誤変換のお知らせをくださった方、どうもありがとうございました。瀬名さんの名前が僧侶みたいになっていたのに全く気付いていなかったので助かりました!
■2024.03.09 195話/196話のタイトルを変更しました。
■2020.10.25 25話目「帰り道」追加(差し込み)しました。話の流れに変更はありません。
泣き虫な俺と泣かせたいお前
ことわ子
BL
大学生の八次直生(やつぎすなお)と伊場凛乃介(いばりんのすけ)は幼馴染で腐れ縁。
アパートも隣同士で同じ大学に通っている。
直生にはある秘密があり、嫌々ながらも凛乃介を頼る日々を送っていた。
そんなある日、直生は凛乃介のある現場に遭遇する。

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】
彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』
高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。
その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。
そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?
神さまに捧ぐ歌 〜推しからの溺愛は地雷です〜【完】
新羽梅衣
BL
平凡な大学生の吉良紡は今をときめくスーパーアイドル・東雲律の大ファン。およそ8年前のデビュー日、音楽番組で歌う律の姿を見て、テレビに釘付けになった日を今でも鮮明に覚えている。
歌うことが唯一の特技である紡は、同級生に勝手にオーディション番組に応募されてしまう。断ることが苦手な紡は渋々その番組に出演することに……。
緊張に押し潰されそうになりながら歌い切った紡の目に映ったのは、彼にとって神さまのような存在ともいえる律だった。夢見心地のまま「律と一緒に歌ってみたい」とインタビューに答える紡の言葉を聞いて、番組に退屈していた律は興味を持つ。
そして、番組を終えた紡が廊下を歩いていると、誰かが突然手を引いてーー…。
孤独なスーパーアイドルと、彼を神さまと崇める平凡な大学生。そんなふたりのラブストーリー。
「誕生日前日に世界が始まる」
悠里
BL
真也×凌 大学生(中学からの親友です)
凌の誕生日前日23時過ぎからのお話です(^^
ほっこり読んでいただけたら♡
幸せな誕生日を想像して頂けたらいいなと思います♡
→書きたくなって番外編に少し続けました。
エリート上司に完全に落とされるまで
琴音
BL
大手食品会社営業の楠木 智也(26)はある日会社の上司一ノ瀬 和樹(34)に告白されて付き合うことになった。
彼は会社ではよくわかんない、掴みどころのない不思議な人だった。スペックは申し分なく有能。いつもニコニコしててチームの空気はいい。俺はそんな彼が分からなくて距離を置いていたんだ。まあ、俺は問題児と会社では思われてるから、変にみんなと仲良くなりたいとも思ってはいなかった。その事情は一ノ瀬は知っている。なのに告白してくるとはいい度胸だと思う。
そんな彼と俺は上手くやれるのか不安の中スタート。俺は彼との付き合いの中で苦悩し、愛されて溺れていったんだ。
社会人同士の年の差カップルのお話です。智也は優柔不断で行き当たりばったり。自分の心すらよくわかってない。そんな智也を和樹は溺愛する。自分の男の本能をくすぐる智也が愛しくて堪らなくて、自分を知って欲しいが先行し過ぎていた。結果智也が不安に思っていることを見落とし、智也去ってしまう結果に。この後和樹は智也を取り戻せるのか。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる