愛してしまうと思うんだ

ゆれ

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幸せだったかどうか教えてくれない

03

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 性的志向などはもろに被害を受けた。嫌いとは別に感じないし他人にまで否定はしないが自分は女性をどこか信用できない所為で、性愛の対象から外してしまったのだろう。幼い頃に食らった打撃で器にこまかなひびが入り、育っていくうちにばりばりとそれが広がって、このざま。初めから両親にはばれてもかまうものかと隠してないけれど、龍にまるで関心のない人達なので知らないままだ。

(育ちが悪いんだな)

 好きを向けられると簡単に好きになってしまうのは、家族に与えてもらえなかったから。浅ましい自分を激しく嫌悪する。消化に悪そうな考えを走らせていた所為か最後のほうは味がしなかった。それでも残さず平らげてテーブルを片付けると外は天気が持ち直していた。晴れたわけではないのでまた降るかもしれないが、今のうちに行動する。

「オシ、川のほう見てみるか」
「何回か車で連れてきてるって言ってたしね」
「冷えるな~」

 腕をさすりながらまえを行く歩を風除けにして龍は地図を眺めた。既にまわっている場所でも時間が違えば成果があるかもしれない。期待して足を向ける。

 小型犬よりは野良犬と思われそうだが、このご時世、滅多に見かけなくなったので届け出がないとなるとやはり人目につきにくいところにいるのではないかと考える。路上生活の人々の中にも犬や猫の世話をしている人はいて、或いはそこで飼われているとか。しかしこの川は陸橋などのある大きさではなかった。彼らはある程度整備された場所に縄張りをつくる筈なので、ただの草むらだったら期待値はいくぶん下がりそうだ。

 元は保護犬だったそうなので野生生活が初めてということはないけれど生後数ヶ月で今の家に貰われているとなると、順応できない可能性のほうが高い。心配して頻繁に事務所に現れるご家族の気持ちを思ってか自然とみんな口数が減っていた。

「……おやぁ?」
「痛っ」

 急に立ち止まるので背中にぶつかる。ほぼ上背がおなじなので歩の後頭部で鼻を強打し、龍は涙を浮かべて抗議した。

「オイ危ねぇだろ!」
「ちょ、隠れろ隠れろ」
「ハア?」
「どうしたの?」

 かたまって通行の流れを堰き止める龍達に、いくらか怪訝な視線が寄越されたがややもせず霧散する。歩は薄暗い階段の上がり口から顔を出すと、すぐそこの飲食店を覗き込んでいる。目線の終点を確かめて「あ」と声が洩れた。

「宇賀神……?」

 そういえば彼も今日は姿を見なかった。目立つ栗色の髪は天然だそうだが見間違えることはない。バイトを始めた時期にずれがあり、いつも別の同僚と行動しているので気にも留めなかったけれど、おなじテーブルで談笑している相手が強烈すぎて、このために休んでいたのではないかとつい勘繰る。
 隣の席で食事している男が連れの女性に耳を引っぱられている。目を奪われるのも無理はなかった。あれは龍でも、下心は別にしてもそう思う。

「え~~宇宙人彼女いたの?! あのお方も宇宙人??」
「知らねえけど……」
「ちょっと訊いちゃおかな」
「今?!」

 歩が本当にスマートフォンを弄ろうとするので思わず制止した。どう見ても邪魔でしかない。楽しそうにわらって話す宇賀神の様子は、まあ正直いつもと変わらないが彼らにとっては特別な時間の筈だ。それとも身内か? 姉か、美魔女の母ということも。
 それにしても彼女ならちょっと意外だった。宇賀神自体はホンワカした癒し系の青年なだけに。似合うか似合わないかといえば、なかなかの年の差恋愛ですかね?というところだろうか。否でも女性には化粧という魔法が誰にでも使える。高校時代も平気で大学生と偽ってクラブに出入りする輩がクラスにいたので、印象より若いのかもしれなかった。

「一体どこに行けばあんなザ・美人と知り合えるんだ~?」
「さあ、お前が行かねえようなとこなんだろ」
「……ちょっとさ、八色さん女にしたみてえじゃね?」
「!」

 看過できなくてぼこっとやってしまった。ばきっだったかもしれない。歩がいてえいてえと喚いて脇腹を押さえうずくまる。やばいと思ったら案の定、中から宇賀神のテーブルについた女性がこちらを見ていた。うっと龍が身構える。目が合ってしまった。すると、すいーっと顔ごと背けられた。

 別に三人は宇賀神とは知り合いだが彼女とは知り合いじゃない。何も不自然な反応ではなかったけれど、特段怪しまれもしなかったのが不思議といえば不思議だった。店の中を不躾に覗き見する男女三人組。悲鳴を上げられても文句は言えなかった。知り合いかどうか宇賀神に確認するふうもない。

「もう行こうぜ」
「うう……コレ骨折れたわ絶対」
「うるせえもう一発か?」
「ひ~龍コワーイ」
「玉山?」

 うるさい歩を引きずってすこし行った辺りで、うしろがついてきてないのに気づいて振り返る。一二三は龍の呼び声にハッと我に返ったらしく、慌てて駆け寄ってきた。

「どうかしたか?」
「ううん、大丈夫。ごめんね」
「たまちゃーん、痛いの痛いの飛んでけーってしてぇ~」

 さっきのはどう考えても歩が悪い。誰だって彼氏をそんな妄想に使われたら腹が立つに決まっている。しかも黙ってすればいいものを。本当に、わざとでなければデリカシーという概念を母親の胎の中に置いてきたとしか思えなかった。
 
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