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幸せだったかどうか教えてくれない
02
しおりを挟む龍などは歩に合わせて受験したためそもそもの入り口からだいぶ努力を強いられている。友人達の助けを借りて何とか頑張っている、というのが実状だった。大学の勉強が高校までと違い点数がすべてじゃなくて心底よかった。基礎演習など初めはどうしようかと思ったものだけれど。
「ふたりはどうして考古学専攻なの」
言われてみると一二三が薬学部にいるのは、その、魔法使いの調合的なことに役立つからなのか、と気が付く。人体に対しどういう影響を及ぼすか、毒や薬について深く学べる。
「俺さー、子どもの頃から博物館が好きなんだよね」
恐竜が好きで通い詰めていた話は聞いたことがあるし、志望動機は受験するにあたって教えてもらっていたので、龍は耳になってもちもちとノルマを食べ進める。
実際に現地へ飛んで自らの手で化石を発掘するのがそれは一番楽しいのだろうが、生計を立てるのはかなり難しいし学術的にも成功を修めなければ参加すらできない。地元のアルバイトではないのだ。さしもの歩もそこまで楽天的ではないようで、そこから派生して学芸員を今のところは目指していると結んだ。
ふたりとも何かしらの目標をもう見つけている。しかも恐らく大学に入るまえから。龍は、ただ歩と一緒に過ごしたくてついてきたようなものなので、おなじ学科にいるけれど特に何を見据えているわけでもなかった。折に触れその不安もじわりと取りついてくる。知っていて歩は、サラダのカップから顔をあげ、ふたたびポテトをつまむ。指先に付着した塩粒をぺろりとやってからこう振ってくれる。
「龍はめちゃくちゃ動物に好かれるじゃん? その道に進んだらいいのに」
心の中ではとても好きだが、人間にさわられることが動物にはストレスになると本で読んでからは必要以上にさわらないよう気を付けている。それが功を奏してかたしかに龍は気難しいと宣告されて預けられる子とも仲良くできたりする。というか歩が警戒されるのはお喋りなので怖がらせるし、服が汚れるとこれまたいちいち何か言うし、香水くさいからだと思いつつ「一瞬だけ獣医になりたいって思ったことはあった」と告白する。
「でも高1ん時、数学のテストで0点とってナシだなって諦めた」
「0点……」
「ま、まあ誰にでも向き不向きはあるよな」
そう言いながら歩は理系も得意だったのを知っている。2年で文理の選択をする際に数学教師から本当に文系でいいのかと念を押されていた。試験前と言わずいつも彼に勉強を教わっていた龍なので、先生にでもなればいいのにと思っていた。
だが今は、女子高生が餌食にならずに済みそうで勧めなくてよかったと強く信じている。なんなら男子高校生にも感謝されるかもしれない。ひとりで頷いていると胡乱げな視線を感じた。でも別に、モテはするが浮気はされなかった。思い出さなくていいことを思い出して、龍はくちのなかが苦くなるのに眉を寄せる。
誰とでも打ち解ける歩は、龍と付き合っていたばっかりにフリーじゃないと明言できず、たくさん事故を起こしていた。彼を取りあって女生徒の間でかるいイジメが行なわれ、問題になったこともあったくらいだ。それでもカモフラージュの彼女など一切つくらず歩は龍の彼氏でい続けた。軽薄に見えるけれど、芯は一途な性格なのかもしれない。
ろくでなしの才能があるのはむしろ龍のほうだ。嫌いで別れたわけじゃない所為で、八色といても、歩のことを考えてしまう時がある。たぶん表情や態度には出てないと思うのだが、だからってしていいとも言えない。しないほうが好ましいに決まっている。両方に失礼だから。
八色が好きだ。かっこいいし傍にいるとどきどきする。触れたいし触れられたい。それが恋心の証しなのだと思う。しかし歩ともまだ友人ではあるので、完全に頭から締め出すのは難しいし不自然だ。だから変なことじゃない。俺はあの女とは違う。ぐっと下唇に歯を立てる龍に気づいて歩が「どうした?」と横からそっと声を掛けてくれる。なんでもないと首を振った。
「あら? このアップルパイは」
「それ俺の奢り。たまちゃん今月厳しいって言ってたろ」
「えーウソ、ありがとう」
敢えてはっきり言ってくれたほうが好意も受け取りやすい。歩はちゃんとわかっている。それが彼女の好物だともよく寄るため龍も識っている。ふたりともアルバイトはしているが小遣い制のようで、教材費や交際費、こういった突発の食事代を合わせると特に一二三はいつもカツカツらしい。
金銭的余裕もそうだが時間の余裕がないためバイトを増やすことも侭ならない。頭を悩ませる一二三は大変なのだろうが、龍にはすこし羨ましい。それが普通だろうと思うからだ。
地元を離れているわけでもないのに定期的に口座にわさっとまとまった額を振り込まれる。そこから学費食費消耗品代を賄う。中学生の頃からそうやって生きてきた。二親は健在で揃っているにもかかわらず。アルバイトで稼いだ分は別に貯めてそちらをメインにし、意地でも必要以上には親の金をあてにしなかった。さすがに家庭環境が悪かったから成績がふるわなかったとは言わないけれど、たとえば人格形成において悪影響を及ぼしているのは、間違いないと龍は思っている。
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