愛してしまうと思うんだ

ゆれ

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ラブアンドライフ

02

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「一緒に入ればよかったわ」
「えー、こうさん絶対のぼせるって」

 身長差は2センチほどだが薄っぺらい龍にひきかえ、八色は数年前までモデルをしていただけあり、まだまだ女性誌のグラビアも余裕でいける美しい肉体をお持ちでいらっしゃるため、意識を失われると大変困る。色男はいつどこで服を脱ぐ展開がきても大丈夫なように生まれつき身体すらも仕上がっているものなのかと真面目に思ったくらいだ。羨ましいしか感じない。

 名前どおり水辺の生き物なんで、とおどける。八色は入っても短いどころか冬などはめちゃくちゃ面倒くさがるし、出掛けてない日など汚れてないからいいなどと言いだすほど風呂が嫌いで猫みたいだった。否、猫でも風呂好きな子もいるのでそれ以下かもしれない。

 かみ合わないところを発見すると嬉しくなった。普通は共通する部分を大事にするものかもしれないが、龍はそういう性格なので得と言えば得だ。すっかり湯冷めした八色の腕に触れ、故意に性的になぞる。薄い唇が挑戦的にニヤリと弧を描いたところで水のボトルを回収してさっさと離れてリビングのソファに座った。

 ローテーブルに放置していたスマートフォンを覗き、アプリで明日の時間割に変更のないのを確認する。ガラスの天板には他に国産車のカタログが何故か数冊置いてあって、買い替えでもするのかなと思う。ドサッと無遠慮に勢いよく隣に座ってきたのでついでに訊いてみる。

「買うの?」
「いや龍がな。乗らねえかと思って」
「えっ」

 どういうこと?と表情が返事をしたようだ。八色が適当に冊子を一部手に取り、ぺらりと表紙をめくる。自分が普通車に乗っているので見るのもそのラインだった。龍も免許自体はこの夏休みに歩と一二三と合宿で取りに行っている。めでたく三人ともぴかぴかの若葉マークを付けて帰ってきた。

 だがここが重要なのだが、運転免許証があれば誰でも車を得られるなんてうまい話はどこにもない。先立つものが必要に決まっている。龍はどう贔屓目に見積もっても貯金に余裕などなかった。むしろ講習代でからっぽになったくらいだ。実技がちょっとあやしかったため出費が嵩みそうでひやひやした。ふたりよりはすこしばかり余計に払う羽目になりはしたけれど、一応ストレートに取得できてよかった。

「なに、急だな。なんで?」
「いや今お前電車通だろ」
「うん」

 しかしこのあたりは誰の目にも片田舎などではない。地下鉄も地上鉄も走りまくっている。余程のことがないかぎり帰宅難民になる心配もなかった。それでもの提案とすると、これは八色が世間知らずなんじゃなく、考えがあってのことなのだろう。まずは最後まで耳を傾けてみる。

「帰り遅くなる時あるから?」

 目的地が自宅の時は最寄駅まで歩と一緒なのだが、今日のように八色のマンションの場合はひとりで帰ってくる。それでかと思ったがこちらのルートのほうが街中なため道は明るいし多少深い時間でも人はいる。却って安全なくらいだ。
 まだ社会に出て本格的に働いてない身で自分の車を持つのは相当の贅沢だし決心が要る。よく言って放任主義の親も、さすがに何か言ってくるんじゃなかろうか。香は知らないかもしれないけど、俺けっこう苦学生の部類に入るんだけどなあと遠い目をして、できるだけマイルドな返しをさがす。

 そんな龍の努力を易々と踏み越えて八色がそれはもう真剣な、プロポーズ用の顔だろうかと思うようなド真剣な顔つきで言う。

「電車乗ると痴漢に遭うだろうが」
「……んん?」

 この人の目には俺が女子高生か何かにでも見えているのか。二十年生きてきて、ついでに高校時代のバス通学も含めて龍が痴漢被害に遭ったことは一回もない。一回たりともだ。歩のほうが「さわんなコラ!」と電車に乗っていて急に声をあげたりするくらいだ。幸い奴が餌になってくれているのでこちらが助かっているという体感すら微塵もない。
 さすがにそれは欲目ってやつだ。半笑いで「俺みたいなもやしにそんな気起こすのあんたぐらいだから」と結局オブラートも忘れて剥き出しの本音を吐いた龍に、なおも八色は手を握って熱弁してくる。めげない。

「いいか龍、俺らが思ってるより世の中に変態野郎ってのは多いんだ。どこにでもいやがる。一匹見たら百匹はいると思え」
「はあ」
「ションベンしてたらケツから手つっこんでくる馬鹿もいるからな。個室使えよ」
「……」
「試着室も覗かれると思ったほうがいい」
「……そんなのあんただけだわ」

 女性だけじゃなく男から見ても魅力的なのは音が生き証人になっている。不特定多数の懸想に加え、変態の群れにまで注意しなければならないなんて、俺には無理だと龍は閉口した。

 一二三の言うようにラジオだから顔は関係なかった筈なのだが、もとより秘匿していたわけじゃない。ラジオ局のホームページなどには普通に顔写真も載っていて、くだんの職歴もありこの極上のルックスに注目が集まっている。最近ではメディア露出が増えてきたらしいし半同棲状態の彼氏がばれていいわけがないと龍でもわかる。これでも気を遣っているのだ。グラビアも冗談抜きにいつ実現してもおかしくない。
 
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