愛してしまうと思うんだ

ゆれ

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メフィストの娘

05

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「それ終わったら中入ろ」
「あ、いいっすよ俺」
「いいからいいから。私の煙草無駄にしたらお給料から引いちゃうよ」
「ええ……」

 夕方の陽射しを斜めに浴びながら、ビルとビルの狭間でとりとめのない話をして、お腹が空いたというところから料理の話になり、この歳になってもまだ苦手と愚痴るのを聞いてから事務所へ戻ると、気分転換している間に高校生が来ていた。

「あ、龍さん! 黒部さんもこんちは、てかさっきスタジオいたっすよね?!」

 音は昂奮してまくし立てると両手で顔を覆って、女子みたいにきゃあきゃあ騒ぐ。先程聞いた馨子の予定の中にラジオ局はあった。どうやらそこを偶然見かけたらしく、頬を紅潮させて何故か龍に若者は熱弁する。

「ヤシキコウ!! いたんすよ! 俺、生で見ちゃいました!!!」
「ああ……そう……」
「音くんファンなんだっけ? 盛り上がってるねえ」

 ふふふと笑って自分のデスクに移動する馨子を目敏く見つけ、調が留守の間に発生した連絡事項を告げようとひたひた寄っていく。龍は渡された社用車のキーを所定の位置に戻したかったのだが、音に肩を掴んでガクガク揺さぶられる所為で、ちゃりちゃりと賑やかな音が鳴るばかりだ。

 元気くん捜索会議は既に解散していたようで、飲み物を手に共有スペースで談笑していた歩が気づいてこちらへやってくる。彼の背後にいた一二三はあっという顔をすると、つかつか歩いてきて学生服の首根っこを引っ掴み、ばりっと剥がしてドンと突き飛ばした。実の姉弟ならではのぞんざいな扱いにぱらぱらと笑いが起こる。

「何やってんのようるさい音」
「痛てて……だって姉ちゃん、コウさんだよ?! 本物もうバチクソイケメン! 目が潰れるかと思った!」
「ラジオの人なんだから顔は関係ないでしょ」

 身も蓋もない言い種に歩が失笑する。つくづくこの姉と弟は中身が逆なのではと思ってしまう。迷い犬の情報呼びかけの他にも譲渡会やしつけ教室などのイベントがある際はラジオで宣伝してもらうからか、担当番組のパーソナリティもこの事務所へたまに顔を出す。それがヤシキコウだ。龍と歩がバイトに来る以前からもっふぁ~とは付き合いがあったようで、ふたりは彼の職業を知るまえに顔見知りになっている。

 従ってそのご尊顔も拝見しているので気持ちはわかるが、男でこの反応は珍しい。ヤシキ本人は訪れるとしても夜が殆どなので音が今日まで出会えなかったのも無理はない。彼は受験生なのだがあまりに頭が良すぎて特段勉強する必要がないらしい。それで暇を持て余して姉のアルバイト先に遊びにくるわけだけれど、手を貸してくれるでもないため正直扱いに困っている。

八色やくささんは黒部さんに気があるね。ぼくの勘がそう言ってる」

 一二三が弟をつかまえてくれた御蔭でようやくキーを片付けられた龍のうしろで、調が気取ったポーズをつけて馨子本人にそう言っているのが聞こえる。慣れているのでハイハイと流され、剰え歩にまで「いや調さん俺らが別れたの三ヶ月くらい気づいてなかったじゃないすか」と背中からばっさり斬られている。

「なあ龍」
「あ、ああ」
「……だったっけ?」
「んも~眼鏡なのに雑!」

 十も年上の男性に言いたい放題だが、そんな荒唐無稽だか安直だかな結び付けも職員達の間では実しやかに囁かれているようだ。年齢はヤシキ、つまり八色のほうが下でも並んでまったく不自然じゃないし、互いに独身。このようなどこにでもあるNPO法人に地方とはいえ人気者の名物パーソナリティが、低くはない頻度で通ってきているのも意味深といえば意味深なのだろう。
「もし結婚したら頻繁に会えるかもしれないけどロスは必至だし複雑すぎる~」と心境をだだ漏らしている音を引き取っていくことにしたらしい。普段は一緒に帰る龍と歩に「ごめん、お先に」と断ってから一二三が代表にも挨拶をして帰途につく。

「お疲れ」
「たまちゃんまた明日ね~」

 激写したと言い張るブレッブレの馨子とヤシキの画像を、たまたま通り道にいた宇賀神にしつこく見せながら、それをまた引き剥がしながら、姉弟は姿を消した。

 高校時代から大学に入って夏の手前まで、龍と歩は付き合っていた。その後別れたところまでここのみんなも識っている。龍はそうでもないが歩は自分の話をするのに躊躇いがすくないタイプで、誰彼とこだわりなく世間話をするうちにさりげなく事実をまぜて、ゆっくりと関係の変化は浸透していった。
 経緯は一二三にも知らせてない。しかしふたりと一緒にいる時間の長い彼女なので、やり取りの端々から正確に事態を把握したふしがある。ゆえにそこはかとなく龍へのあたりが強くなった。一時期は距離を置いたほうがいいのかとも悩んだけれど、歩が「俺が間に入るし気にすんなって」と言ってくれたため今もまだ友人関係は続いている。役に立たない時もあるが、それはご愛嬌。

(つうか)

 一二三の反応はわかりやすいのだ。恋人同士が別れて、その原因とおぼしき側をちょっと責めたくなる気持ちは健全だと龍も思う。だが歩は自分を振った相手と今もなお友人でい続けている。他人じゃなく友達に戻るタイプもいるとは知っているけれど、別れ方がまずかっただけになんだか不気味で落ち着かない。
 
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