愛してしまうと思うんだ

ゆれ

文字の大きさ
上 下
5 / 69
メフィストの娘

05

しおりを挟む
 
「それ終わったら中入ろ」
「あ、いいっすよ俺」
「いいからいいから。私の煙草無駄にしたらお給料から引いちゃうよ」
「ええ……」

 夕方の陽射しを斜めに浴びながら、ビルとビルの狭間でとりとめのない話をして、お腹が空いたというところから料理の話になり、この歳になってもまだ苦手と愚痴るのを聞いてから事務所へ戻ると、気分転換している間に高校生が来ていた。

「あ、龍さん! 黒部さんもこんちは、てかさっきスタジオいたっすよね?!」

 音は昂奮してまくし立てると両手で顔を覆って、女子みたいにきゃあきゃあ騒ぐ。先程聞いた馨子の予定の中にラジオ局はあった。どうやらそこを偶然見かけたらしく、頬を紅潮させて何故か龍に若者は熱弁する。

「ヤシキコウ!! いたんすよ! 俺、生で見ちゃいました!!!」
「ああ……そう……」
「音くんファンなんだっけ? 盛り上がってるねえ」

 ふふふと笑って自分のデスクに移動する馨子を目敏く見つけ、調が留守の間に発生した連絡事項を告げようとひたひた寄っていく。龍は渡された社用車のキーを所定の位置に戻したかったのだが、音に肩を掴んでガクガク揺さぶられる所為で、ちゃりちゃりと賑やかな音が鳴るばかりだ。

 元気くん捜索会議は既に解散していたようで、飲み物を手に共有スペースで談笑していた歩が気づいてこちらへやってくる。彼の背後にいた一二三はあっという顔をすると、つかつか歩いてきて学生服の首根っこを引っ掴み、ばりっと剥がしてドンと突き飛ばした。実の姉弟ならではのぞんざいな扱いにぱらぱらと笑いが起こる。

「何やってんのようるさい音」
「痛てて……だって姉ちゃん、コウさんだよ?! 本物もうバチクソイケメン! 目が潰れるかと思った!」
「ラジオの人なんだから顔は関係ないでしょ」

 身も蓋もない言い種に歩が失笑する。つくづくこの姉と弟は中身が逆なのではと思ってしまう。迷い犬の情報呼びかけの他にも譲渡会やしつけ教室などのイベントがある際はラジオで宣伝してもらうからか、担当番組のパーソナリティもこの事務所へたまに顔を出す。それがヤシキコウだ。龍と歩がバイトに来る以前からもっふぁ~とは付き合いがあったようで、ふたりは彼の職業を知るまえに顔見知りになっている。

 従ってそのご尊顔も拝見しているので気持ちはわかるが、男でこの反応は珍しい。ヤシキ本人は訪れるとしても夜が殆どなので音が今日まで出会えなかったのも無理はない。彼は受験生なのだがあまりに頭が良すぎて特段勉強する必要がないらしい。それで暇を持て余して姉のアルバイト先に遊びにくるわけだけれど、手を貸してくれるでもないため正直扱いに困っている。

八色やくささんは黒部さんに気があるね。ぼくの勘がそう言ってる」

 一二三が弟をつかまえてくれた御蔭でようやくキーを片付けられた龍のうしろで、調が気取ったポーズをつけて馨子本人にそう言っているのが聞こえる。慣れているのでハイハイと流され、剰え歩にまで「いや調さん俺らが別れたの三ヶ月くらい気づいてなかったじゃないすか」と背中からばっさり斬られている。

「なあ龍」
「あ、ああ」
「……だったっけ?」
「んも~眼鏡なのに雑!」

 十も年上の男性に言いたい放題だが、そんな荒唐無稽だか安直だかな結び付けも職員達の間では実しやかに囁かれているようだ。年齢はヤシキ、つまり八色のほうが下でも並んでまったく不自然じゃないし、互いに独身。このようなどこにでもあるNPO法人に地方とはいえ人気者の名物パーソナリティが、低くはない頻度で通ってきているのも意味深といえば意味深なのだろう。
「もし結婚したら頻繁に会えるかもしれないけどロスは必至だし複雑すぎる~」と心境をだだ漏らしている音を引き取っていくことにしたらしい。普段は一緒に帰る龍と歩に「ごめん、お先に」と断ってから一二三が代表にも挨拶をして帰途につく。

「お疲れ」
「たまちゃんまた明日ね~」

 激写したと言い張るブレッブレの馨子とヤシキの画像を、たまたま通り道にいた宇賀神にしつこく見せながら、それをまた引き剥がしながら、姉弟は姿を消した。

 高校時代から大学に入って夏の手前まで、龍と歩は付き合っていた。その後別れたところまでここのみんなも識っている。龍はそうでもないが歩は自分の話をするのに躊躇いがすくないタイプで、誰彼とこだわりなく世間話をするうちにさりげなく事実をまぜて、ゆっくりと関係の変化は浸透していった。
 経緯は一二三にも知らせてない。しかしふたりと一緒にいる時間の長い彼女なので、やり取りの端々から正確に事態を把握したふしがある。ゆえにそこはかとなく龍へのあたりが強くなった。一時期は距離を置いたほうがいいのかとも悩んだけれど、歩が「俺が間に入るし気にすんなって」と言ってくれたため今もまだ友人関係は続いている。役に立たない時もあるが、それはご愛嬌。

(つうか)

 一二三の反応はわかりやすいのだ。恋人同士が別れて、その原因とおぼしき側をちょっと責めたくなる気持ちは健全だと龍も思う。だが歩は自分を振った相手と今もなお友人でい続けている。他人じゃなく友達に戻るタイプもいるとは知っているけれど、別れ方がまずかっただけになんだか不気味で落ち着かない。
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

青少年病棟

BL
性に関する診察・治療を行う病院。 小学生から高校生まで、性に関する悩みを抱えた様々な青少年に対して、外来での診察・治療及び、入院での治療を行なっています。 ※性的描写あり。 ※患者・医師ともに全員男性です。 ※主人公の患者は中学一年生設定。 ※結末未定。できるだけリクエスト等には対応してい期待と考えているため、ぜひコメントお願いします。

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

貢がせて、ハニー!

わこ
BL
隣の部屋のサラリーマンがしょっちゅう貢ぎにやって来る。 隣人のストレートな求愛活動に困惑する男子学生の話。 社会人×大学生の日常系年の差ラブコメ。 ※現時点で小説の公開対象範囲は全年齢となっております。しばらくはこのまま指定なしで更新を続ける予定ですが、アルファポリスさんのガイドラインに合わせて今後変更する場合があります。(2020.11.8) ■2024.03.09 2月2日にわざわざサイトの方へ誤変換のお知らせをくださった方、どうもありがとうございました。瀬名さんの名前が僧侶みたいになっていたのに全く気付いていなかったので助かりました! ■2024.03.09 195話/196話のタイトルを変更しました。 ■2020.10.25 25話目「帰り道」追加(差し込み)しました。話の流れに変更はありません。

泣き虫な俺と泣かせたいお前

ことわ子
BL
大学生の八次直生(やつぎすなお)と伊場凛乃介(いばりんのすけ)は幼馴染で腐れ縁。 アパートも隣同士で同じ大学に通っている。 直生にはある秘密があり、嫌々ながらも凛乃介を頼る日々を送っていた。 そんなある日、直生は凛乃介のある現場に遭遇する。

【完結】お前らの目は節穴か?BLゲーム主人公の従者になりました!

MEIKO
BL
第12回BL大賞奨励賞いただきました!ありがとうございます。僕、エリオット・アノーは伯爵家嫡男の身分を隠して、公爵家令息のジュリアス・エドモアの従者をしている。事の発端は十歳の時…我慢の限界で田舎の領地から家出をして来た。もう戻る事はないと己の身分を捨て、心機一転王都へやって来たものの、現実は厳しく死にかける僕。薄汚い格好でフラフラと彷徨っている所を救ってくれたのが我らが坊ちゃま…ジュリアス様だ!坊ちゃまと初めて会った時、不思議な感覚を覚えた。そして突然閃く「ここって…もしかして、BLゲームの世界じゃない?おまけにジュリアス様が主人公だ!」 知らぬ間にBLゲームの中の名も無き登場人物に転生してしまっていた僕は、命の恩人である坊ちゃまを幸せにしようと奔走する。だけど何で?全然シナリオ通りじゃないんですけど? お気に入り&いいね&感想をいただけると嬉しいです!孤独な作業なので(笑)励みになります。 ※貴族的表現を使っていますが、別の世界です。ですのでそれにのっとっていない事がありますがご了承下さい。

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】

彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』 高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。 その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。 そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?

神さまに捧ぐ歌 〜推しからの溺愛は地雷です〜【完】

新羽梅衣
BL
平凡な大学生の吉良紡は今をときめくスーパーアイドル・東雲律の大ファン。およそ8年前のデビュー日、音楽番組で歌う律の姿を見て、テレビに釘付けになった日を今でも鮮明に覚えている。 歌うことが唯一の特技である紡は、同級生に勝手にオーディション番組に応募されてしまう。断ることが苦手な紡は渋々その番組に出演することに……。 緊張に押し潰されそうになりながら歌い切った紡の目に映ったのは、彼にとって神さまのような存在ともいえる律だった。夢見心地のまま「律と一緒に歌ってみたい」とインタビューに答える紡の言葉を聞いて、番組に退屈していた律は興味を持つ。 そして、番組を終えた紡が廊下を歩いていると、誰かが突然手を引いてーー…。 孤独なスーパーアイドルと、彼を神さまと崇める平凡な大学生。そんなふたりのラブストーリー。

処理中です...