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メフィストの娘
02
しおりを挟む多い時は室内に設置された大小十二個のケージすべてが埋まったりもするのだが、現在はもみちゃんと子猫達のみ。利用者はすくないに越したことはないので、満足げにふむと頷いて龍は換気のために開けていた窓を閉めた。
地域に住む犬や猫に関するトラブルを解決するNPO法人もっふぁ~。龍と歩、そして一二三がここでアルバイトを始めて一年と半分が過ぎようとしていた。初めにここの存在を知ったのは歩で、近所にある祖父の家の天井裏に住み着いていた野良猫が子どもを産んでいなくなり、困っていたところ、ネットで調べてもっふぁ~を見つけたらしい。
親身になって最後まで根気強く世話をしてくれた御蔭で五匹の猫達は無事に引き取られ、その後も別の猫の姿を見かけたと聞けばすぐに飛んできて対処してくれる。なかなか感じのいい人達だと頑固な祖父も珍しく手放しで褒めるからと、アルバイト募集のチラシを見せながら龍を誘った。大学に入ったばかりで折よく働き口をさがしていたため、ふたつ返事で乗っかって今に至っているというわけだ。
一二三とは先にもっふぁ~で出会い、そのあとでおなじ大学に通っていると判明した。龍と歩は史学科で彼女は創薬科学科。学部からして文学部と薬学部で全然違うが2年までキャンパスは一緒なので、何となく学校でもつるんでいたりする。今年はみんな誕生日がくると二十歳になるため、そのたびに集まって飲んだりもしていた。
それでも一二三が魔法使いだとはまるで知らなかった。龍自身も隠し事はすくなくないほうだが、そこまで特大のものとなると顔を合わせるたびうずうずと暴露したい衝動に駆られたりはしなかったのだろうかと思う。もしかしたら今までもこっそり使われていた可能性だってある。ネコミミおっさんはさすがに初めて見たが、たとえば落ちそうになった物を元あった場所に戻したり、雨に降られても濡れてなかったり、大流行した映画を龍も観に行ったことがあるので、ついいろいろと妄想に近い想像をわかしてしまって自分でも馬鹿だなあと呆れる。夢見がちか。
「しかしあれは何なの、みんな習うものなの?」
もみちゃんがうとうとと舟を漕ぎ始めたので耳の付け根を掻く手をそうっと離し、歩が一二三に言う。
「ううん、私のオリジナル」
「……あれが? あれで??」
選りに選って?と続きそうな勢いに不服なのかと思ったら、原因はなんと龍だったらしい。
「なんか須恵はあんまりびっくりしてないみたい」
「それは誤解だ」
「えー、そうかなあ」
ぎや~と悲鳴こそ上げなかったが充分びっくりしたし今もその不思議さ加減について物思いをしていたばかりなので、率直に顔に出ないだけだときちんと抗議する。というか正確にはどう反応したものか困惑したのだ。怖くはないし悲しくもない。歩のようには笑いのツボも押されなくて、何だこれはと分析する側にまわってしまったのが敗因だろう。
「大丈夫大丈夫、この子逆に無になってるだけだから。たまちゃんスベってないよ」
「そんな持ちギャグみてえな扱いでいいのか?」
まあ実際この目で見ても種のあるショーマジックみたいとしか思えなかった。受容体の性能が悪いとそんなものらしい。どのみちこれは秘密のようなので、この先も見るのは龍か歩だけ。ちょっと控えめなリアクションにも慣れていってもらうしかなかった。
彼らにとってはあってもなくてもどうも思わない物かもしれないが、何故かペットを飼っているとそれがどんな動物でも家に薄手のちいさい毛布が増えるらしく、病院などに預ける際にも、いつも使っているタオルや毛布を一緒に持ってきてくださいとお願いされる。もっふぁ~でも飼い主に勧めるため、もみちゃんはアヒルのキャラクターに頬ずりするような寝相ですうすう眠っている。龍は連絡用のスマートフォンを構えて静かに写真を撮った。あとでご家族に送る用だ。
「かんわいいなあ」
龍とおなじく好きだが自分では何も飼ったことのない歩がでれでれとしまりのない顔で呟く。
「ただ目つむってるだけでもこんなかわいいなんてある? 天使? 添い寝したーい」
「早くうちに帰れるといいな」
誰にでも愛想がよく手間のかからないおりこうさんだが、犬は人に懐くものだ。もみちゃんもひとりで寂しいだろう。ここに一匹でも動物がいる時は夜も宿直の職員が詰めることになっているけれど、途中で目を覚ましてクンクン鳴いているのを聞いたと話していた。人間にとっては一日でも犬には三日ぐらいの長さに感じられるらしいし、早くお迎えの日になるといいなと思いながらゆっくりと振り返ると、きゅっと眦のつりあがった美女が龍に殆ど圧し掛かるように肩に縋りついていた。
「うにゃあん」
「……?」
「みゃうん、みゃあ、ぅみゃあ~ん」
「??????」
「ウワーやべえ!!!」
今度は打って変わって手足の長い、出るところのバーンと出た肉感的な身体。大事な部分は腰ぐらいまである長い髪にうまいこと隠されてはいるが衣服をまとってないのに変わりはない。茶系のトラ猫の耳が頭のてっぺんでぴるぴる揺れる。この不自然に出現した女性も、どうやら一二三の魔法のようだった。
本人はてきぱきと子猫達のトイレを掃除している。顔に似合わずいたずら好きだったんだな、とここへ来て彼女の新たな一面に出会い、龍は溜め息をかみ殺した。ひょっとしてリアクションが薄かったのを根に持っている負けず嫌いなのだろうか。だとしたら、この超常現象は他の人間が割り込まない時にかぎりだがしばらく続くのでは。
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