【R18】人の好みは説明できない

最終章 ジャックにはジルがいる

331 優しい夢を見る四月の魚 ④

　新年度の四月は、むしろ一段落ついたところ、ではなかったのか？

　昨年度は僕の入社直後に教科書検定の〆切があり、編集部の先輩方はものすごく大変そうだった。新人に任せられる仕事はあまりないようで、ひたすら資料を読まされてばかりいた。中学校英語の学習指導要領解説、自社と他社の中学英語教科書、社内秘の資料、編集ハンドブック、等々。僕はそれなりに速読な方だと思うけど、とにかく量が多いし、隅々まで読みこまなければならないから、寝ても覚めても文字に埋め尽くされた生活で、なかなか大変だった。

　編集技能を身につけるために、空き時間に他教科の校正刷りに赤を入れるお手伝いをしたり、社内報の編集を任されたりもした。思っていた教科書編集とは少し違っていたけれど、この時に身につけた技術は今も役立っている。

　若葉ちゃんと会う時間なんか当然のようにほとんどなかったけれど、若葉ちゃんは若葉ちゃんで留学前の準備でてんてこまいだったようなので、むしろよかった気がする。SNSの連絡も、お互い余裕がないからラリーはほとんど続かないし、短文やスタンプだけになっていった。でも、空き時間に見返すにはそれくらいがちょうどよかったし、大変な中でも僕のことを想って少しでも時間を割いてくれているんだなと、少ない返信を却って愛おしく感じた。



　教科書業界的に、今年はそこまで大変ではないと聞かされていたのに。
　入社二年目なので、今年は容赦なく仕事を振られた。
　現場の先生方に合わせて、編集会議は平日の夜や土曜に行われる。
　二〇二〇年から小学校の英語科教育が始まり、これまでとは違う指導をしなければならない中学校の英語現場は混乱しているようで、指導案がないかという問い合わせがひっきりなしにくる。
　もちろんそれ以外の社内業務もたくさんあって。
　今年のゴールデンウィークは旅に出る。それだけを励みに僕はなんとか四月を乗り切ろうとしていた。

　五月一日。二日に有休を取らせてもらったので、ひさびさの長期休暇だ。連休明けに困らないよう、手元の仕事はきっちり仕上げた。計画的に進められて、本当によかった。
　ほっとしていた終業直前に、営業の男性から声を掛けられた。