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最終章 ジャックにはジルがいる

322 ピーターラビットの末裔 ①

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 時が流れるのは本当にあっというまだ。卒業して二度目の春がやって来た。
 今日は向井とひさしぶりに会う。
 向井は四年生の夏も、去年の夏も、残念ながら二次で教員採用試験に落ちた。最後に会った年末に、次はどうしようか迷っていると言っていたので、僕は少し心配していた。

 道路が思いの外空いていて、予定よりも早く着いてしまった。
 待ち合わせ場所のファミレスへ先に入り、トートバッグから書類を入れたクリアホルダーとペンケースを取り出す。年度初めは提出しなければならない書類がいろいろあるから、隙間時間に処理しないと忘れてしまう。今使っているボールペンは書き心地がとてもよいので、僕は書類記入が結構好きになってしまった。
 付箋が残っている書類はもうない。任務完了。書類の角を揃えてクリアホルダーに戻したところで、声を掛けられた。

「クーゲルシュライバー!」

 無駄にドラマティックな言い方。この声は。

「向井、ひさしぶり。ボールペンのドイツ語、必殺技っぽくて格好いいよね」
「ひさしぶり。それ、シャープペンシルと同じメーカーなんだ?」
「うん。シャープペンシルよりワンランク上のシリーズにして、芯は書きやすい日本のメーカーのものに変えた」

 向井が僕の向かい側に座る。向かいに向井。僕は以前だじゃれを冷めた目で見ていたはずなのに、打ち合わせの時に使う先生が多いので、なんだか移ってしまった。

「使いやすいように工夫したのか。でも、一本にはまとめないんだな。シャープペンシルとボールペン」
「うん。若葉ちゃんからもらったシャープペンシルを使い続けたいし、多機能ペンは操作が面倒で壊れやすいから。僕は使い分ける方がストレスにならないと思った」
「単機能は多機能に勝る」
「それ。仕事で使うものはこれに決めたけど、私生活で使う筆記用具を何かもう一本買いたいなと思ってる。やっぱり手で書くと思考が深まるんだよ」
「なるほど。勇者は最強の剣を求める旅に出るのか」
「勇者?」
「ほら、RPG診断で、新、勇者だったじゃんか」
「ああ。向井は魔法使いだったね」
「俺達の冒険はこれからだ!」

 向井はカラカラと笑う。思っていたよりも明るい様子で、少し安心した。
 メニューを見て、僕はサーロインステーキとサラダバーとドリンクバーを選ぶ。向井と一緒だと、なんだか肉を食べたくなる。向井も懐かしいと言いながら僕と同じ組み合わせにし、店員さんに割引クーポンを渡した。

「元気そうだね」
「動かないからマジで太った。ヤバい。新はどうよ? 教科書編集の仕事」
「うん。打ち合わせが終わったら、毎回絶対に英単語の語源を話してくださる先生がいてね」
「のんきだな!」
「いや、そうでも。数回前の話題を覚えている前提でネタを振られたりして、毎回テストを受けてる気分になる」
「その先生、新で教育効果、試してるだろ!」

 なるほど、そうかもしれない。僕が覚えていなかった時は、「もう少しあのあたりを改善しよう」なんて、ぼそりとおっしゃっているし。
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