324 / 352
最終章 ジャックにはジルがいる
322 ピーターラビットの末裔 ①
しおりを挟む
時が流れるのは本当にあっというまだ。卒業して二度目の春がやって来た。
今日は向井とひさしぶりに会う。
向井は四年生の夏も、去年の夏も、残念ながら二次で教員採用試験に落ちた。最後に会った年末に、次はどうしようか迷っていると言っていたので、僕は少し心配していた。
道路が思いの外空いていて、予定よりも早く着いてしまった。
待ち合わせ場所のファミレスへ先に入り、トートバッグから書類を入れたクリアホルダーとペンケースを取り出す。年度初めは提出しなければならない書類がいろいろあるから、隙間時間に処理しないと忘れてしまう。今使っているボールペンは書き心地がとてもよいので、僕は書類記入が結構好きになってしまった。
付箋が残っている書類はもうない。任務完了。書類の角を揃えてクリアホルダーに戻したところで、声を掛けられた。
「クーゲルシュライバー!」
無駄にドラマティックな言い方。この声は。
「向井、ひさしぶり。ボールペンのドイツ語、必殺技っぽくて格好いいよね」
「ひさしぶり。それ、シャープペンシルと同じメーカーなんだ?」
「うん。シャープペンシルよりワンランク上のシリーズにして、芯は書きやすい日本のメーカーのものに変えた」
向井が僕の向かい側に座る。向かいに向井。僕は以前だじゃれを冷めた目で見ていたはずなのに、打ち合わせの時に使う先生が多いので、なんだか移ってしまった。
「使いやすいように工夫したのか。でも、一本にはまとめないんだな。シャープペンシルとボールペン」
「うん。若葉ちゃんからもらったシャープペンシルを使い続けたいし、多機能ペンは操作が面倒で壊れやすいから。僕は使い分ける方がストレスにならないと思った」
「単機能は多機能に勝る」
「それ。仕事で使うものはこれに決めたけど、私生活で使う筆記用具を何かもう一本買いたいなと思ってる。やっぱり手で書くと思考が深まるんだよ」
「なるほど。勇者は最強の剣を求める旅に出るのか」
「勇者?」
「ほら、RPG診断で、新、勇者だったじゃんか」
「ああ。向井は魔法使いだったね」
「俺達の冒険はこれからだ!」
向井はカラカラと笑う。思っていたよりも明るい様子で、少し安心した。
メニューを見て、僕はサーロインステーキとサラダバーとドリンクバーを選ぶ。向井と一緒だと、なんだか肉を食べたくなる。向井も懐かしいと言いながら僕と同じ組み合わせにし、店員さんに割引クーポンを渡した。
「元気そうだね」
「動かないからマジで太った。ヤバい。新はどうよ? 教科書編集の仕事」
「うん。打ち合わせが終わったら、毎回絶対に英単語の語源を話してくださる先生がいてね」
「のんきだな!」
「いや、そうでも。数回前の話題を覚えている前提でネタを振られたりして、毎回テストを受けてる気分になる」
「その先生、新で教育効果、試してるだろ!」
なるほど、そうかもしれない。僕が覚えていなかった時は、「もう少しあのあたりを改善しよう」なんて、ぼそりとおっしゃっているし。
今日は向井とひさしぶりに会う。
向井は四年生の夏も、去年の夏も、残念ながら二次で教員採用試験に落ちた。最後に会った年末に、次はどうしようか迷っていると言っていたので、僕は少し心配していた。
道路が思いの外空いていて、予定よりも早く着いてしまった。
待ち合わせ場所のファミレスへ先に入り、トートバッグから書類を入れたクリアホルダーとペンケースを取り出す。年度初めは提出しなければならない書類がいろいろあるから、隙間時間に処理しないと忘れてしまう。今使っているボールペンは書き心地がとてもよいので、僕は書類記入が結構好きになってしまった。
付箋が残っている書類はもうない。任務完了。書類の角を揃えてクリアホルダーに戻したところで、声を掛けられた。
「クーゲルシュライバー!」
無駄にドラマティックな言い方。この声は。
「向井、ひさしぶり。ボールペンのドイツ語、必殺技っぽくて格好いいよね」
「ひさしぶり。それ、シャープペンシルと同じメーカーなんだ?」
「うん。シャープペンシルよりワンランク上のシリーズにして、芯は書きやすい日本のメーカーのものに変えた」
向井が僕の向かい側に座る。向かいに向井。僕は以前だじゃれを冷めた目で見ていたはずなのに、打ち合わせの時に使う先生が多いので、なんだか移ってしまった。
「使いやすいように工夫したのか。でも、一本にはまとめないんだな。シャープペンシルとボールペン」
「うん。若葉ちゃんからもらったシャープペンシルを使い続けたいし、多機能ペンは操作が面倒で壊れやすいから。僕は使い分ける方がストレスにならないと思った」
「単機能は多機能に勝る」
「それ。仕事で使うものはこれに決めたけど、私生活で使う筆記用具を何かもう一本買いたいなと思ってる。やっぱり手で書くと思考が深まるんだよ」
「なるほど。勇者は最強の剣を求める旅に出るのか」
「勇者?」
「ほら、RPG診断で、新、勇者だったじゃんか」
「ああ。向井は魔法使いだったね」
「俺達の冒険はこれからだ!」
向井はカラカラと笑う。思っていたよりも明るい様子で、少し安心した。
メニューを見て、僕はサーロインステーキとサラダバーとドリンクバーを選ぶ。向井と一緒だと、なんだか肉を食べたくなる。向井も懐かしいと言いながら僕と同じ組み合わせにし、店員さんに割引クーポンを渡した。
「元気そうだね」
「動かないからマジで太った。ヤバい。新はどうよ? 教科書編集の仕事」
「うん。打ち合わせが終わったら、毎回絶対に英単語の語源を話してくださる先生がいてね」
「のんきだな!」
「いや、そうでも。数回前の話題を覚えている前提でネタを振られたりして、毎回テストを受けてる気分になる」
「その先生、新で教育効果、試してるだろ!」
なるほど、そうかもしれない。僕が覚えていなかった時は、「もう少しあのあたりを改善しよう」なんて、ぼそりとおっしゃっているし。
0
お気に入りに追加
98
あなたにおすすめの小説
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
先生!放課後の隣の教室から女子の喘ぎ声が聴こえました…
ヘロディア
恋愛
居残りを余儀なくされた高校生の主人公。
しかし、隣の部屋からかすかに女子の喘ぎ声が聴こえてくるのであった。
気になって覗いてみた主人公は、衝撃的な光景を目の当たりにする…
女子高生は卒業間近の先輩に告白する。全裸で。
矢木羽研
恋愛
図書委員の女子高生(小柄ちっぱい眼鏡)が、卒業間近の先輩男子に告白します。全裸で。
女の子が裸になるだけの話。それ以上の行為はありません。
取って付けたようなバレンタインネタあり。
カクヨムでも同内容で公開しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる