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最終章 ジャックにはジルがいる

316 水平線上に見えたものは ①

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 配属先がどうなるのか、僕は少しどきどきしていた。

「中学……英語でした」
「ふうん。合ってるんじゃない」

 仁科さんは淡々と言うけれど、なんだか納得がいかない。
 国文学専攻で、卒論も漱石だったから、国語の担当になるとばかり思っていた。中学国語か、高校国語の現代文か。それしか考えていなかったのに、まさかの中学英語。

「だから言ったろ。専門的に勉強してきたことが、そのまま仕事に結びつくとは限らないって」

 仁科さんは法学部出身だけれど、高校国語の現代文担当だ。以前、漱石の知識と洞察で完全に負けたことを思い出す。むしろ仁科さんは僕よりも専門家だったのだ。

「……僕は国語の能力が低いんだと、改めて実感させられた気がします」
「国語の能力が低いんじゃなくて、英語の能力を買われたんだろ」

 思わず弱音を吐いてしまった僕に、仁科さんがフォローを入れてくれた。珍しい。
 若葉ちゃんと一緒に過ごす時間に、僕は大学受験の頃よりも熱心に英語を勉強していた。TOEICのスコアを上げるという目的は一応あったけれども、だんだん勉強そのものが楽しくなっていたので、目的よりも得たものは大きい。気楽に臨んだからか、なかなかよいスコアを取れたし、これからも続けていこうと思っている。

「配属先でがんばればいいんじゃないの? 俺は『置かれた場所で咲きなさい』って言葉が大嫌いだけど、『今いる環境でベストを尽くせ』という趣旨はわかる」

 自分の専門と結びつけられることは、確かにこの会社を選択した理由の一つだった。ただ、僕は教科書を作ることが長年の夢だった訳ではないし、就職活動もかなり楽にくぐり抜けてしまった。中学英語が嫌な訳でもない。
 面倒だから決めてもらえる方がいい。この考え方は僕の短所だとばかり思っていたけれど、ものごとを柔軟に受け入れられるという長所なのかもしれない。

「中学英語でがんばります」
「この一瞬で、表情が見違えるように変わったんだけど」
「自分の性質をどう扱うかは、自分次第だと思って」
「何か悟った」

 仁科さんがいつものように少しシニカルな表情で、声を上げて笑った。
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