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第十章 扉が閉じて別の扉が開く

302 カルネアデスの板は一枚 ⑦

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 片岡の想定と違う展開だったのか、会話が続かない。気まずいので、少しだけ話を広げることにした。

「片岡は、シェイクスピアの何を研究しているんだ?」
「道化の役割について」
「道化?」
「ああ、foolだ。シェイクスピアはよく道化を描くけれど、本質を突いている気がする。道化は愚者に見せかけた賢者だ。foolという言葉は賢さを内在していて、道化を表す別の言葉clownにそういう意味はない。シェイクスピア自身は、あまりこの二つの単語の使い分けを意識していなかったようだが……すまん、つまらないだろう」
「いや……」

 ポテトが入っていた紙箱を畳む僕を見て、片岡は話をやめた。
 教職の授業で、片岡は一応、一般化を意識して発言していたんだな。今、片岡は、純粋に自分の興味を語っていた。一瞬、僕のことが見えなくなっていたけど。

「あらすじだけ知っていた話も、全訳を読めば違うだろうと予想していたが、正直、あまり印象は変わらなかった」
「うん。僕もそう思ったから、『英米文学』を受講したんだ」
「原文は韻が踏まれ、掛け言葉も多用されているし、当時と現在では意味が異なる単語もある。一語に含有される意味が多く深い。そもそもシェイクスピアは題材の多くを伝承に得ているから、単純な展開だけに着目して描きたかったことを推測するのは、それこそ『筋が悪い』ということなんだろう。『草枕』もそうじゃないか? そんなに手っ取り早く、わかりはしない」

 そもそも「草枕」はわかりやすい筋がないことで有名な作品だ。筋よりも表現に意味がある。言われてみるとそれは、シェイクスピアとも共通しているかもしれない。

「祖母は『異文化に目を向けることで却って自国の文化がくっきり見えることがある』と言っていた。だから、先生が『草枕』を『The three cornered world』で読むのも、俺には不思議じゃない」
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